延喜式神名帳

20150905

3日(木)に、歴史クラブの仲間である和光さんと池田さんに誘われて、国立公文書館に行きました。
結局午後には国会図書館にも回りました。
和光さんは、狭山市周辺のお茶畑が明治、大正、昭和でどう推移しているか地図で確かめたい、池田さんは、「新編武蔵風土記稿」の原本(浄書本)の挿絵がずいぶんと綺麗なので、それを撮りたいとの事でした。
公文書館は閲覧した文書を、持参したカメラで撮ることが出来るそうで吃驚しました。

それで、私は現在「式内社めぐり」をしているのですが、式内社のリストは、ネットで入手したものです。この際、「延喜式神名帳」の原本(写本)を閲覧し、撮影することにしました。
公文書館で登録したあと、パソコンで検索して探すのですが、「延喜式神名帳」では出せなくて、「延喜式」しかリストに出ない。
職員の方に確認したら、やはり「延喜式」全部を閲覧することになりました。
45巻丸々です(笑)
当初は「武蔵国」くらいの範囲を撮影すればいいかなと思っていましたが、欲が出て「目録」、「序・第一巻(神祇)」、「第九巻神名(上)」、「第十巻神名(下)」を撮影しました。

「延喜式」一冊目の「目録」
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「延喜式」の構成は、「格巻」と「弐巻」となっている。
「神名帳」は弐巻の第九、第十です。
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弐巻の五十まであり、目録まで含めて45冊となっています。
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延喜式「一」
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「序」
「紅葉山本」の印がありますが、これは江戸城の紅葉山にあった文庫で、江戸時代、幕府将軍のために江戸城内紅葉山に設けられた文庫(現代における図書館)。「紅葉山文庫」の名称は明治時代以降に用いられたもので(現存する蔵書印も明治以降に押印されたもの)、江戸時代には単に「御文庫」と呼ばれた。
明治維新後は幕府の崩壊、江戸城の接収にともない、紅葉山文庫は太政官の管轄に移され、宮城内の書庫に保存された。のちに内閣文庫に継承される。昭和46年(1971年)、総理府の附属機関として国立公文書館が設置された(現在は独立行政法人)のにともない、他の内閣文庫本とともに移管、一般公開された。
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「格巻第一(神祇)」は、宮中の祭事を記したもの。
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延喜式が発行されたのが延長5年(928)です。
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延喜式「九」
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延喜式弐巻第九、神明上。
延喜式に記載された天神地祇(神様)は総数3,132座、神社は2,861社となります。
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まず宮中神、36座からはじまっている。
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第九、十の、いわゆる「神名帳」の部分は、全国の全社を撮影しちゃいました(笑)

「武蔵国」44座の部分を載せます。
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武蔵国最後の「みか神社」は、PCで活字が出なくて、皆さんを泣かせています。
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「延喜式弐巻第十、神明下」の最後は、「對馬嶋29座」です。
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この写本は、文亀3年(1503)に作られたことがわかる。
応仁の乱が納まった頃、これから戦国時代に突入していく頃です。
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池田さんは、結局挿絵だけでなくて、本文もせっせと撮っていました。
私ものぞいて、ずいぶんと違うものだとビックリしました。
私も、城山砦と梅宮神社の挿絵を撮りました。

池田さんが閲覧していたのは、こういうものですが、「大学蔵書」と「浅草文庫」の印があります。
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徳川幕府学問所から浅草文庫に移ったものですね。
浅草文庫(あさくさぶんこ)とは、徳川幕府の学問所と将軍の紅葉山文庫の書籍を蔵書とした、明治初期に東京で開設された明治期の公立図書館。
明治政府は旧幕府から接収した書籍類を太政官や各大学へ分割して引き継いだが、文部省博物館(本省機構かつ展示施設、現東京国立博物館)はこれらを1か所にまとめて公衆の閲覧に供することとし、(明治5年)に日本最初の近代的公立図書館として「書籍館(しょじゃくかん、図書館の古称)を湯島聖堂(大成殿)に開設した。
1874年(明治7年)になり明治政府は書籍館閲覧室となっていた大成殿大講堂を会議場として利用するため、当時は太政官博覧会事務局管轄下となっていた書籍館を閉鎖し、蔵書を浅草蔵前の旧浅草御蔵の米蔵に移した。そして同地に閲覧所を新築し翌1875年(明治8年)に開館した。
それから、現東京国立博物館か内閣文庫となり、内閣文庫にあったものは、現在は国立公文書館に保存されている。

現在歴史クラブの「新編武蔵風土記稿勉強会」で使用しているのは、雄山閣版です。
そこに出てくる城山砦周辺の挿絵は、こういうものです。
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「大学蔵書-浅草文庫」本の同じところの挿絵
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城山砦周辺がこのように違う。
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新編武蔵風土記稿で「義貞砦跡」と言われているところもずいぶん違う。
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これで、一応池田さんと私は初期の目的を果たしましたが、和光さんは満足いく地図が無かったようです。
それではと、お昼を食べてから国会図書館に三人で行くことにしました。

国会図書館では、登録するのにちょっと時間がかかりましたが、これで3年間は有効なカードが手に入りました。
ただ、こちらはカメラは持ち込み禁止です。
欲しいのは複写してもらうことになります。
和光さんは、所期の目的を達せた様です。

私も地図室で物色し、伊能全図(大)のうち4枚を複写することが出来ました。
パッと目についた能登半島と石川富山の部分を4枚複写。
この場所は、伊能忠敬記念館の展示では、はるか上の方にあってよく見えないので、ひっかかっていたんですね。
伊能図(大)一枚をA3で4枚に分割してコピーすることになりました。
これは、とても嬉しかった。
次回来たときは、武蔵国の辺をコピーしよう。

(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なるほど、公文書館は原本を見ることができる上、デジカメ等での複写もOKですか!! 全く知りませんでした。

国会図書館は以前はよく言っていたのですが、最近は全くご無沙汰です。最近は知りませんが、以前は、パソコン画面で本を選んで、それを印刷したものをカウンターに持っていくと、30分から1時間位で、本が出てくる仕組みでした。私が調べたものは文献雑誌でしたが、著作権が厳しくて、論文の半分までなんて言う話には参りました。

そう言えば、ソノシート関係のものを調べたいと思っているのですが、ずっと、行かないままになっています。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
ほんとうに、公文書館はオープンすぎる感じで
吃驚しました(笑)

国会図書館のほうは、地図だと4階で借りだして、
1階の複写窓口まで自分で持っていくのには、
驚きましたね。

私は市の図書館の、郷土史コーナーにある資料の
コピーで、「半分まで」に泣かされています。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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