日野・八坂神社

20150914

鎮座地:東京都日野市日野本町3丁目14−12

9月11日(金)に、歴史クラブ行事「新選組の故郷・日野を歩く」で、日野宿本陣跡の次に、この日最後に立ち寄りました。
ここには近藤(嶋崎)勇、客分として沖田(惣次郎)総司の名が連ねてある「天然理心流奉納額」があるので、コースに入れたものです。

鳥居
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鳥居の前に、「天然理心流奉納額」の説明があります。
天然理心流の創始は寛政元年(1789)ころと推定されています。
創始者の近藤内蔵之助長碑裕は長江(静岡県)の人でしたが、二代目三助は戸吹(現八王子)、三代目周助は小山(現町田)、四代目勇が石原(現調布)と多摩地域と縁が深く、名主や豪農、八王子千人同心を中心に農民の間でも習われていました。
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当社の創立年代は不詳であるが、むかし日野本郷の多摩川の流れに沿って土淵という深淵があり、それでこの付近を土淵の庄と云ったが、あるとき多摩川洪水の後、数夜にわたってその淵に何か怪しい光るものがみえたと云う。里の老翁がこれを拾い上げたところ、金色燦然とした牛頭天王の神像であったため、里人は歓喜してこれを勧請し、祠を建立、鎮守として祀ったのが当八坂神社の起源と云われ、五穀豊穣・疫病除け・子孫繁栄に霊験無双の神なりとしてある。
本殿は、寛政一二年(一八〇〇年)に完成したもので、様式一間社造り、屋根は流れ造りで、正面に千鳥破風・軒唐白木彫りの彫刻垂木の組物等、建築技術の粋をつくした絢爛華麗な江戸後期の典型的な社殿(本殿)建築である。この本殿には、安政五年(一八五八年)に天然理心流近藤周助の門人達により奉納された額があり、欅板に大小二本の木刀が架けられている。
例大祭は、毎年九月、盛大に行われ、特に「千貫みこし」とよばれる神社神輿の渡御は都内、近県でも有名な神事で、絢爛豪華な祭絵巻が繰り広げられている。(境内掲示より)

鳥居をくぐると、広々とした空き地が広がっていて、その一隅に社殿がある。
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手水舎
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大正4年造立の狛犬
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社殿
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本殿
本殿は、棟札により寛政12年(1800年)に再建されたもので、大工棟梁は武蔵国大里郡上吉見領村の須長伊右衛門源国信・織江源信安父子であることがわかる。一間社々殿としてはかなり大規模なもので、間口二間・奥行二間半・棟高五間・総欅造り・流造りの正面屋根に千鳥破風と軒唐破風を設け、建物の壁面は床上・床下ともに中国故事をはじめ、昇龍降龍・牡丹に唐獅子・波に鯉等の浮彫り、透彫り装飾を取付け、また柱・梁・貫及び高欄にいたるまでその木部表面に獅子頭・龍頭・獏頭の木鼻、葡萄と波・菊花・牡丹等の浮造り・透彫りの文様を彫るなど、きわめて装飾的な社殿となっている。ただし、すべて素木で彩色はない。神社の記録によれば、本殿両扉・南側両大壁の彫物などは、明治3〜5年に仲井の彫師平野治助によって修理された。
郷村の鎮守本殿としては、規模もかなり大きく、その華麗な彫刻装飾は、時代の好みを表わす力作で、江戸後期における神社建築・装飾彫刻の粋を集めた優れた作品である。なお現在本殿は神明造りの覆屋で保護されている。
構造形式:一間社流造り、正面千鳥破風及び軒破風付き、柿葺(日野市教育委員会掲示より)

この本殿は拝殿を兼ねた覆屋の中にあり、拝殿に設けられたお賽銭の落とし口から、辛うじて本殿の正面が覗けるのみでした。
華麗な彫刻装飾をぜひ見たいものです。
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本殿の前向かって右には、鏡と玉がついた真榊と旗があり。
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本殿の前向かって左には、剣がついた真榊と旗がありました。
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祭神は素盞嗚尊
相殿神が櫛御気野命、倉稲魂命、大山咋命

神紋は、「祇園守り」と「右三つ巴」でした。
「祇園守り」は京都八坂神社と同じ神紋。
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続いて境内社です。

蚕影神社
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蚕影神社の前面に、二つの神像の大きなポスターが貼ってあった。
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山王社(大山咋命)
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「甲州道中分間延繪図」の説明があり。
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筆塚
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なるほど、この神社、覆家の中に拝殿と本殿がある訳ですね。木刀がついた奉納額は初めて見ました。私は木刀と言うと、単に木を削ったものと言うイメージで、竹刀は竹を割ったものでできていて鍔が付いているものと言う認識でしたが、昔から、木刀にも鍔がついていたのですね。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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