足立神社(延喜式内論社)/さいたま市浦和

20150920

鎮座地:さいたま市浦和区上木崎5-11-1

16日(水)に個人的に巡拝している「武蔵国式内社めぐり」で、さいたま市飯田の「足立神社」、さいたま市浦和の「足立神社」、そして桶川市の「多気比売神社」の三社を回りました。

最初のさいたま市飯田の「足立神社」の次に訪ねたのがこの足立神社ですが、延喜式神名帳記載の「足立神社」に相当する論社は4社あり、この社の他に、さいたま市飯田の足立神社、鴻巣の久伊豆神社、そして大宮宮原の加茂神社が論社となっています。

社号標
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当社の社名は、江戸期まで高塙明神社であった。この「高塙(たかはな)」というのは、中世、浦和市から大宮市にまたがる「高塙郷」であると考えられ、この郷の鎮守として祀られたのが当社であると思われる。この時期、当社に関与した氏族は、当郷を開発した在郷地頭の高塙(高鼻)氏であろう。高塙氏の初見史料は、『吾妻鏡』文治五年(1189)七月十九日条の「高鼻和太郎」であり、ほかに浦和市本太鎮座の氷川神社に伝存する宮殿の宝徳三年(1451)九月二十四日の墨書銘「大檀那高埇左衛門盛影」「地頭たかはな殿」がある。
『風土記稿』上木崎の項には「高塙明神社 祭神猿田彦命、當村及び下木崎・北袋・瀬ヶ崎・針ヶ谷五村の鎮守なり、境内に観音堂あり」とある。これを見ると、祭祀圏は中世の高塙郷から縮小したものの、江戸期も当郷の有力社として存在していたことがうかがえる。
祀職は、大宮市高鼻鎮座の氷川神社社家『東角井家日記』文化七年(1810)十月の記録によると、「木崎村高鼻村大明神禰宜村田近江殿」とある。村田近江は、吉田家配下の氷川神社社家触れ下であった。
明治期になると、上木崎村の副戸長を努めた市川治右衛門は、当社を延喜式内社の足立神社であると主張し、社名変更を行った。(「埼玉の神社」より)

社号標と共に、参道入り口の幟支柱が古い感じだったので、見たら嘉永2年(1849)造立だった。
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民家に挟まれながらも、参道がまっすぐ長く延びている。
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一の鳥居
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二の鳥居
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ようやく神域となる。
玉垣がきれいに整備され、よく管理されたお宮という印象。
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入り口に三の鳥居。
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三の鳥居前の石灯篭は、嘉永3年(1850)造立。
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三の鳥居前の狛犬は、平成15年と新しい。
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三の鳥居は、大正12年建立の石造明神型。
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鳥居から社殿までは、広々とした空間が広がっている。
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桜やモミジが植えられていて、季節にはいい感じになることがわかる。
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手水舎が二つ並んでいる。
合祀されたものだろう。
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大正3年の百度石
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拝殿
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重厚な屋根
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軒先瓦には、「防火」の意味を持たせた「流水三つ巴」の紋が続いている。
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向拝部分
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本殿は、瑞垣とともに金網を張ってあるため、とても見づらい。
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隙間から本殿を。
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流れ造りの本殿
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背後からの本殿
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祭神:猿田彦命
相殿:天鈿女命、天照皇大神、倉稲魂命、別雷命、菅原道真公、木花咲姫命、応神天皇、大山祇命、事代主尊、清和天皇

神紋は、「右三つ巴」
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拝殿前の、明治29年奉納の石灯篭が大事に保護されていた。
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神楽殿
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境内社は、社殿に向かって右側に三社。
八雲神社(素戔嗚命)、稲荷神社(宇迦之御魂神)、浅間社(木花開耶姫命)。
全部同じ社殿を三つ並べていました。
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社殿に向かって左側に二社。
境内社神明社(天照大神)、風天社(風天)。
こちらも、まったく同じ社殿を二つ並べてありました。
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風天社の「風天」という神ですが、仏教における天部の一人で、十二天の一天。風を神格化したもので、インドのヴァーユが仏教に取り入れられたもの。
形象は、腕は2本で甲冑を着て片手に旗のついた槍を持ち、風天后・童子を眷属とするものがある。
両界曼荼羅や十二天の一尊として描かれるほかは、単独で信仰されることはあまり見られない。
ということなので、珍しいと思います。


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Author:四季歩
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写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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