高御産巣日神(たかみむすびのかみ)・高木神(たかぎのかみ)/日本の神々の話

20150924

この神は、狭山市の三柱神社の祭神として、おなじみである。
『古事記』では高御産巣日神、『日本書紀』では高皇産霊神と書かれる。

天地のはじめ、天之御中主神・神産巣日神とともに高天原に成った「造化三神」の一柱である。
葦原中津国平定・天孫降臨の際には「高木神」という名で登場する。

抽象的霊格であるにもかかわらず、天照大神とともに高天原の重大事を主宰する神として登場する、「造化三神」のなかで独特な存在である。

「産霊(むすひ)」は、「ムス」は「苔むす」と同じで生産・生成を意味する言葉で、「ビ」は日・火のことで、神皇産霊神とともに「創造」を神格化した神である。女神的要素を持つ神皇産霊神と対になって男女の「むすび」を象徴する神であるとも考えられる。
高御産巣日神は天孫系(皇室系)、神皇産霊神は出雲系の神と位置づけられる。

別名「高木神」は、名の通り、本来は高木が神格化されたものを指したと考えられている。

『古事記』によれば、天地開闢の時、最初に天御中主神が現れ、その次に神皇産霊神(かみむすび)と共に高天原に出現したとされるのが高皇産霊神という神である。子に思兼神(おもいかね)、栲幡千千姫命(たくはたちぢひめ)がいる。

天照大神の御子神・天忍穂耳命(あめのおしほみみ)が高皇産霊神の娘栲幡千千姫命(たくはちぢひめのみこと)と結婚して生まれたのが天孫・瓊々杵尊であるので、高皇産霊神は天孫・瓊々杵尊の外祖父に相当する。

ここでちょっと長くなるが、『古事記』の「葦原中國平定」の巻の「天菩比神と天若日子」の段を紹介しておく。
(現代語訳)
天照大御神の仰せで、豊葦原の干秋長五百秋の水穂国は、わが子の正勝吾勝勝早日天忍穂耳命の統治すべき国である」 と、統治を御委任になって、御子を高天原からお降しになった。そこで天忍穂耳命が、降る途中で天の浮橋に立って仰せられるには、「豊葦原の千秋長五百秋の水穂国は、ひどく騒がしい様子だ」と仰せになって、また高天原に帰り上って、天照大御神に指図を仰がれた。
 そこで高御産巣日神と天照大御神の御命令で、天の安河の河原にあらゆる多くの神々を召集して、思金神に方策を考えさせて仰せられるには、「この葦原中国は、わが子天忍穂耳命の統治する国として委任した国である。ところがこの国には、暴威をふるう乱暴な国つ神どもが大勢いると思われる。どの神を遣わして、これを平定したらよかろうか」と仰せられた。そこで思金神やあらゆる神々が相談して、「天菩比神を遣わすのがよいでしょう」と申し上げた。それで天菩比神を遣わしたところ、この神は大国主神に媚びへつらって、三年たっても復命しなかった。
 そんなわけで、高御産巣日神と天照大御神が、また大勢の神たちに尋ねて、「葦原中国に遣わした天菩比神が、久しい間復命しない。こんどはどの神を遣わしたらよかろうか」とお尋ねになった。そこで思金神が答えて、「天津国玉神の子の天若日子を遣わすのがよいでしょう」と申し上げた。そこで天の真鹿児弓と天の羽羽失を天若日子に授けて遣わされた。ところが天若日子は、葦原中国に降り着くと、ただちに大国主神の娘の下照比売メを娶り、またその国をわがものにしようとたくらんで、八年たっても復命しなかった。
 そこで天照大御神と高御産巣日神が、また大勢の神たちに尋ねて、「天若日子が長い間復命しない。こんどはどの神を遣わして、天若日子が久しく逗留している理由を尋ねようか」と仰せられた。このとき大勢の神々と思金神が、「雉の、名は鳴女というものを遣わすのがよいでしょう」とお答え申しあげた時に、仰せられるには、「おまえが行って、天若日子に尋ねることは、『あなたを葦原中国に遣わした理由は、その国の荒れ狂う神たちを服従させ帰順させよ、というのである。それをどういうわけで、八年になるまで復命しないのか』と尋ねよ」と仰せられた。
 そこで鳴女は、高天原から降り着いて、天若日子の家の門前の神聖な桂の木の上にとまって、くわしく天つ神の仰せのとおりに伝えた。そのとき、アメノサグメがこの鳥の言うことを聞いて、天若日子に語っていうには、「この鳥は、その場く声がたいそう不吉です。だから射殺してしまいなさい」 と勧めた。すると天若日子は、天つ神の下された天の櫨弓と天の鹿児矢を執って、その雉を射殺してしまった。ところがその矢は、雉の胸を貫いて、さかさまに射上げられて、天の安河の河原に掛られる天照大御神と高木神の所に達した。この高木神というのは、高御産巣日神の別名である。それで高木神がその矢を取ってご覧になると、血がその矢の羽についていた。そこで高木神は、「この矢は、天若日子に与えた矢である」 と仰せられて、ただちに大勢の神たちに示して仰せられるには、「もしも天若日子が命令に背かず、悪い神を射た矢がここに飛んで釆たのだったら、天若日子にあたるな。もしも邪心を抱いているのだったら、天若日子はこの矢にあたって死ね」と仰せられて、その矢を取ってその矢の飛んで来た穴から、下に向けて突き返されたところ、天若日子が朝の床に寝ていた、その胸に命中して死んでしまった。これが返し失の起りである。またその雉はついに還らなかった。それで今でも諺に「雉のひた使」というが、その起りはこれである。

戸矢学氏が『縄文の神』で書いている解釈を載せておく。
さてそれでは本来の「ムスヒ」とは何か。
「苔生す」などの用例もあるように、芽生える、発生するという「産生」 の意味から、タカミムスヒは天岩戸開きを指示して夜明けをもたらし、またカミムスヒはオオナムヂを生き返らせたことから「蘇生」 の意味にまで至る。すなわち、万物の生成発展に寄与する力であり、神道の根元思想である。
ムスヒ神もアマテラス神も、ともに 「ヒ」 の信仰であることは言うまでもないが、アマテラスがあくまでも太陽の恵みを体現する 「日」あるいは「火」 であるのに対して、ムスヒはそれとは次元の異なる 「靈 (霊)」 によっている。これは「精霊」 のことであって、自然崇拝の本質であろう。
ちなみに、霊の旧字である 「靈」は、元々の漢字の成り立ちとしては雨乞いを意味する。「靈」という文字の象形は、地上で巫女が祈り、降り注ぐ雨を三つの器(多数の器) で受ける様子を表している。後に、神霊を降下させることそのものをもいうようになり、わが国では当初よりその意味で用いられた。
「ムスヒ (産巣日、産霊など)」が神名に含まれる神は、ムスヒの働きをする神々のことであり、神々の大本となる原初の神である。
皇居内の宮中三殿(賢所、皇霊殿、神殿) の神殿には天神地祇および天皇守護の八神が祀られているが、八神のうち五神は「ムスヒ神」である。




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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

先日、読んだ「井沢元彦著 逆説の日本史(1)」にこの神のことが書かれていました。

すなわち、出雲大社の本殿についてで、拝殿から本殿に向かって、本殿の右側に大国主が祭られているのですが、大国主は西方向に向かっているいる上、拝殿側には壁がある。本殿の左側には、天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神、宇麻志阿斯詞備比古遅神、天之常立神の5神が、拝殿に向かって(すなわち、南方向に向かって)祭られている。これより、拝殿から祈っている人は、大国主ではなく、この5神に祈っている形になっている。

と言うことで、出雲大社に行っても、高御産巣日神にお祈りできるようです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
梅原猛氏の「神々の流竄」という本によれば、
天孫族が出雲族を征服した際、大国主の命を
殺して出雲に葬った。
なので、大国主命の霊を封じ込めてあると。
そういう構造になっています。
法隆寺が、聖徳太子の霊を封じ込めている
みたいに。
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写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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