飽富(あきとみ)神社(延喜式内社)/千葉県袖ヶ浦市

20151007

鎮座地:千葉県袖ヶ浦市飯富2863

9月25日に、歴史クラブ行事で上総国の式内社5社を回ったが、「橘樹神社」、「玉前神社」、「島穴神社」、「姉埼神社」に続いて、この日最後に参拝した神社です。

道から石段を上がると鳥居があり。
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延書式内社 上総国・「飽冨神社」、元県社
延書式神名帳を確かめると、記載名は「飽冨神社」と、「とみ」が点の無い「冨」と書かれている。そして、「アキトミ」と仮名がふってある。

最初に説明しておくと、「島穴神社」、「姉埼神社」、「飽冨神社」は、奈良時代の「東海道」に沿っている。
この時代には、東山道を「山の道」として武蔵国府を通り、「東海道」が「海の道」として上総国府を通る道として設定されていた。
江戸時代の日本橋を起点とした東海道とはまったく違う道である。
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社伝によると第二代綏靖天皇(すいぜん)元年に天皇の兄・神八井耳命(カムヤイミミノミコト)が創建したと伝えられている。現在の主祭神は「倉稲魂命」と言う五穀豊穣の神である。
社名になっている飲富氏の祖神「神八井耳命」を祭神とする説もある。
◇この鎮座地は、古代は海であったがその後、土地の隆起や小橋川の土砂が堆積したりして、この入海は次第に潟となり、芦荻の茂る沼沢地となっていった。そこへ、古墳時代の終わり頃、有力な首長(飲富氏)を中心とする集団が来て定住し、この広大な沼沢地を開墾し、生産力の大きな農地を造りだしたものと思われ。境内地付近には円墳も確認されており、古くからの開拓地であったことを偲ばせます。
◇創建したとされる「神八井耳命」は神武天皇の皇子で帝位を弟の綏靖天皇に譲り、弟の天皇を補佐するとともに自らは神祇を司る斎人(いわいびと)となった方である。その子孫は多くの氏族に分かれて、全国に分布し、いずれもそれぞれに繁栄し。「古事記」にも意富臣(オオノオミ)、長狭国造などの祖であると書かれている。上総の国望蛇郡の飲富氏の一族は隣接する長狭の国から移動してきたとの推定もある。多臣という氏族は、これま での忌部、物部、蘇我、日本武命などとは別系統の氏族のようである。なお「古事記」の編者「太安万侶」も「多」氏の一族と言われる。「多氏」は日本古代に活躍した古代氏族で、大、太、意富、飲富、於保などとも書くがすべて「おお」と読ませている。神武天皇の御子である、神八井耳命の後裔と称し、いわゆる皇別に分類される氏族である。
◇ 鎮座地の現地名は「飯富」という。古来は「飲富(オオ)」と呼称されており、いつしか「飲」が「飯」と誤って伝承されたものとされる。神社の名称は「飽富」であり、飲富が飯富、そして飽富となり、さらに飯富に復帰と誤って呼称されたようである。

手水舎
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天保9年(1838)造立の狛犬
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拝殿は入母屋造り。
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向拝部分は、華麗な彫刻です。
雨のため、きちんと撮れなかったのが残念。
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社額
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拝殿内部
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絵馬
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本殿は流造ですが、拝殿と繋がっており権現造りとなっています。
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ご祭神は、倉稲魂命、大己貴命、少彦名命

また当社は国家鎮護、ことに福神五穀成就の神霊故に、社中に源家の大将、鎌倉の右大臣、頼朝公を、白幡権現として勧進し奉り、又、新田義貞公を新田八幡として勧進し奉る。また本殿右脇には東照宮が鎮座する。

神紋は「五七桐」と「十六弁菊」
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境内には沢山の末社があります。なんと「75社」とのことです。
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社名は木札に墨書されており、全て撮ったのですが、文字がかすれてしまって読めないものあり、75坐すべては明らかになりませんでした。
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それでも72坐までは明らかになりました。
神社については、祭神が明らかなものは括弧内に書き込みました。

金刀比羅宮(大物主命)
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末社
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内訳は:
・大王大明神
・大山祇神社(大山祇命)
・龍田大神宮(天御柱命、国御柱命)
・彦龍大明神
・姫龍大明神
・東明大明神
・大田命宮(大田命:猿田彦神の子孫)
・牛頭天王宮(須佐之男命)
・三之宮大神
・稚産大明神(和久産巣日神)
・福王神社(毘沙門天)
・澳津彦神(奥津日子神)
・澳津姫神(奥津比売命)
・香取大神宮(経津主大神)
・鹿島大神宮(武甕槌大神)
・白鳥大神宮(日本武尊)
・大将軍神(仏教での本地:他化自在天)
・酒解大明神(大山祇神)
・石凝姥神社(石凝姥)
・柳葉大明神
・白狐大明神
・東鎮神社
・子安大明神(木花咲耶姫)

東照宮(東照大権現・徳川家康)
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彫刻が素晴らしい。
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末社
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内訳は:
・久保田 八幡神社(誉田別尊)
・三ツ作 三輪大明神(大物主神)
・野田神社
・伊邪那岐・伊邪那美神社
・下?? 若宮八幡神社(大鷦鷯尊)
・大巳貴大神
・少名彦大神
・住吉大明神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)

末社
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内訳は:
・稲荷大明神(宇迦之御魂神)
・藏波 八幡神社(誉田別尊)
・疱瘡神
・庚申 猿田彦大神
・月山神社(月読命)
・卒土神社(埴安姫?)

末社
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内訳は:
・菅苞大明神
・岡象大明神(罔象女神)
・草姫大明神
・岐大明神
・海神之宮
・高之宮
・合云鬼大明神
・天雲神社
・茅輪大明神
・飯取大明神
・服部大明神
・第二大神宮
・第四大神宮
・第五大神宮
・飯粥大明神
・見通大明神

末社
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内訳は:
・会山井大神
・高原大権宮
・玄畑大権言
・米倉大権言
・秋口大権言
・飯岡大権言
・薬加大権言
・広田大権言
・飯森大権言
・清北大神宮
・東光取大明神
・花輪之大明神
・初杉大明神
・軻遇突智社
・木花浅間宮

末社・子育て弁天宮(淡島神社)(淡島大神)
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末社・太宰府天満宮(菅原道真)
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これで72座は明らかになっています。

あと、不明な石祠が並んでいたが、この数から「75座」以外のものということになります。
明治になって、近在から合祀されたものではないかと思う。
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出雲大社遥拝所がありました。
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写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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