前津見(まえつみ)/日本の神々の話

20151008

『古事記』の応神天皇の巻、「天之日矛の渡来」に登場し、新羅の王子「天之日矛」が日本に渡来して「前津見」を娶り、その子孫が神功皇后、応神天皇であることを語っています。

ちょっと長くなるが、載せておく。
 (現代語訳)
 また昔、新羅の国王の子で、名はアメノヒホコという者がいた。この人がわが国に渡って来た。渡来したわけはこうである。新羅の国に一つの沼があって、名は阿具奴摩といった。この沼のほとりに一人の賎(しず)の女が昼寝をしていた。このとき太陽の輝きが、虹のように女の陰部を射した。また一人の賎の男がいて、その有様を不審に思って、いつもその女の行動をうかがっていた。するとこの女は、その昼寝をした時から妊娠して、赤い玉を生んだ。そこでその様子をうかがっていた賎の男は、その玉を所望してもらい受け、いつも包んで腰につけていた。
 この男は、田を谷間に作っていた。それで耕作する人夫たちの食料を一頭の牛に負わせて谷の中にはいって行くとき、その国王の子のアメノヒホコに出会った。するとヒホコがその男に尋ねていうには、「どうしておまえは食料を牛に背負わせて谷にはいるのか。おまえはきっとこの牛を殺して食うつもりだろう」 といって、すぐその男を捕えて牢屋に入れようとした。その男が答えていうには、「私は牛を殺そうとするのではありません。ただ農夫の食料を運ぶだけです」といった。けれどもヒホコはやはり赦さなかった。そこで男は、その腰につけた赤玉の包みを解いて、その国王の子に贈った。
 それでアメノヒホコは、その賎の男を赦して、その赤玉を持って来て、床のそばに置いておくと、玉はやがて美しい少女に姿を変えた。それでヒホコは少女と結婚して正妻とした。そしてその少女は、常々いろいろのおいしい料理を用意して、いつもその夫に食べさせた。ところが、その国王の子は思いあがって妻をののしるので、その女が言うには、「だいたい私は、あなたの妻となるような女ではありません。私の祖先の国に行きます」といって、ただちにひそかに小船に乗って逃げ渡って来て、難波に留まった。これは難波の比売碁曾(ひめこそ)神社に坐すアカルヒメという神である。
 そこでアメノヒホコは、その妻の逃げたことを聞いて、ただちにその跡を追って海を渡って来て、難波に着こうとしたところ、その海峡の神が行くてをさえぎって難波に入れなかった。それで、またもどって、但馬国に停泊した。ヒホコはそのまま但馬国にとどまり、但馬のマタヲの女(むすめ)マヘツミという名の人と結婚して、生んだ子がタヂマモロスクである。この人の子はタヂマヒネであり、その子はタヂマヒナラキである。この人の子は、タヂマモリ、次にタヂマヒタカ、次にキヨヒコの三人である。このキヨヒコが、タギマノメヒと結婚して生んだ子が、スガノモロヲ、次に妹のスガクドユラドミである。そして上に述べたタデマヒタカが、その姪のユラドミと結婚して生んだ子が、葛城のタカヌカヒメノ命である。この人はオキナガタラシヒメノ命が御母である。そして、そのアメノヒホコの持って渡って来た宝物は、玉つ宝といって珠の緒二連、それから波を起こす領巾・浪を鎮める領巾、風を起こす領巾・風を鎮める領巾、および沖つ鏡・辺つ鏡、合わせて八種である。これらは伊豆志神社に祭る八座の大神である。

「マヘツミ」というのは、多遅摩(たぢま)の俣尾(またを)の女(むすめ)、名は前津見(まえつみ)。
「オキナガタラシヒメノ命」というのは、息長帯比売命すなわち神功皇后のこと。
「伊豆志神社」は、兵庫県豊岡市の出石神社祭神に比定されています。

ここで語られている内容を、整理して系図にするとこうなります。
151008keizu.jpg


ここで、私たちが頭に入れておかなくてはならないのは、ヤマト朝廷が編纂した記紀にはっきりと、新羅から渡来した人物の子孫が神功皇后、応神天皇であると書いていること。
その系図が、もちろん天皇:の系図に繋がっているわけです。
もちろんヤマト民族(天孫族)は、高天原から天下ったわけではなく、朝鮮半島から渡来した民族だというのは定説となっていると思いますが。
隣同士だから当たり前かもしれませんが、韓国とは兄弟の国だということですね。

また、「天之日矛」について注目して調べているのだが、その伝承は広範囲の各地に残り、なかなかまとまりがつかない。
渡来人がもたらした各種の産業の中でも製銅、製鉄産業との関連が強い。
そもそも神功皇后の名「オキナガタラシヒメ」の「オキナガ」とは「金属の精錬に使うフイゴの風」を意味していると、書いてある本があって、納得した。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なるほど、そのようなことが書かれているのですか。まあ、朝鮮の下の方にあった任那は昔は日本領だったのですから、そのようなことがあっても不思議ではないですね。

あの古田氏の説だと、「天国(「てんごく」ではなく「あまこく」)」と言う国があって、天照大神等はそこに住んでいるのですが、それは、沖の島に比定されるとのことですが、「天」を空のことではないと考えると、中々、面白い説だと思っています。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
古代に関する学説は、本当に色々あり、私たちは
どなたの説を信じればいいのか迷いますね。
神功皇后の三韓征伐で、南の方を帰属させ、
しかし、天智天皇が派遣した軍が白村江の戦いで
大敗して、主権を失った。
ということがありましたね。
「あまこく」の説は、面白いと思います。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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