稲佐の浜・出雲阿国の墓・命主の社・真名井の清水

20151124

所在地:島根県出雲市
訪問日:2015年11月13日

出雲市内のホテルで朝食後、8:30ころ出発して、最初に向かったのは「稲佐の浜」。
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【稲佐の浜】
ここには、どうしても寄らないといけない。
何故ならば、ここが「国譲り」の舞台だから。
そして、「神在月」の旧暦10月10日から17日まで、出雲大社では全国から神々をお迎えして、神迎神事、神在祭などが執り行われるが、神在祭の前夜、稲佐の浜では、神々をお迎えする神迎神事が行われるのだ。
今年は、11月21日(土)がその日にあたります。

稲佐の浜は、出雲を中心とする葦原中つ国(地上世界)の国造りを果たした偉大な王・大国主命と高天原の使者・建御雷神が対面し、国譲りの強談判が行われた場所に比定される。すなわち、国を譲るかどうかをめぐり否(いな)か、諾(せ)(肯定)か、と交渉が行われ、「いなせ」が「いなさ」の地名となったと考えられている。

古事記が物語るように、出雲の国譲りは一筋縄ではいかない。葦原中つ国の支配と統治を望む天照大神の意向を受け、最初の使者として天菩比を派遣して平定しようとしたが、大国主命になびき三年たっても返事をしなかった。天菩比は出雲大社を統括する出雲国造の祖先神とされる。
 さらに二番目の使者として派遣された天若日子は、八年たっても返事をしないばかりか、大国主命の娘で美女の下照比売と結婚。逆に国を自分のものにしようとたくらんだ果てに、高木神(高御産巣日神)によって殺されてしまう。
こうした展開は、大国主命を代表とする出雲族の勢力の強大さを示唆してくれる。そして最後の使者・建御雷神の登場となる。
波頭に逆さに突き立てた剣の上にあぐらをかく建御雷神と、にらみ合う大国主命の幻像は、しかしあまりにも平和な朝の光景からは、なんとも立ち現れてはこなかった(笑)

私たちの所では「神無月」と呼ぶが、出雲地方では「神在月」となる。
その全国の神々が集まる「神在祭」は、この浜で全国の神々を迎える神事からはじまる。

稲佐の浜に一際目立つ丸い島があります。
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地元では「べんてんさん」と呼ばれて親しまれている島で、かつては稲佐湾のはるか沖にあったため、沖ノ御前、沖ノ島と呼ばれていました。
昭和60年前後までは、島の前まで波が打ち寄せていましたが、近年急に砂浜が広がり、現在では島の後まで歩いて行けるようになりました。

神仏習合の頃には「弁財天」が祀られていましたが、明治のころから豊玉毘古命(とよたまひこのみこと)が祀られています。
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千鳥が遊んでいるのに誘われて、島の下まで行ってみました。
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満潮だと、もっと潮がくるのか、岩ノリだろうかワカメだろうか岩についていた。
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かなり遠浅な感じで、波もほとんど感じられない、極めて穏やかな海。浜辺。
とても「国譲り」の現場という緊迫感など、どこにも感じられない平和な場所でした。

【出雲阿国の墓】
稲佐の浜から出雲大社に行く道の途中に、出雲阿国の墓があったのでお参りした。
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墓の入り口にあったパンフレット
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歌舞伎の始祖とされる出雲阿国は、出雲大社の鍛冶職中村三石衛門の娘で、出雲大社の巫女であったと言われています。阿国は出雲大社本殿の修理費勧進のため、大人たちとともに諸国巡業の旅に出ました。踊りが好きで、才能もあった阿国は、京都でややこ踊りを上演して人気を博し、出雲阿国の名は都中に広まりました。
その後、阿国はかぶき者の風俗を表現したかぶき踊りを創始。男装し、最新のファッションで身をまとった阿国かぶきは一世を風靡しました。
晩年は大社に帰り、尼となって智月と称し、連歌庵で連歌と読経三昧の生活を送り、静かな余生を過ごしたといわれています。

入り口
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墓は自然石でした。
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阿国法要の様子(パンフレットから)
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【命主社(いのちぬしのやしろ)】
鎮座地:島根県大社町真名井
出雲大社の駐車場に車を停め、出雲大社にお参りする前に、このお宮に参拝しました。
正式な名称は「神魂伊能知奴志神社(かみむすびいのちぬしのかみのやしろ)」で天地開闢(世界のはじまり)の造化三神の一柱、神皇産霊神(かみむすびのかみ)が祀られています。

出雲大社のすぐ近くの街を200mほどあるくと、細い路地の奥に鎮座しています。
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ご祭神の神皇産霊神は、大国主神が八十神から焼石の御難にあわれた時、蚶貝比売命、蛤貝比売神を遣わして、大国主神の命を助けます。そのことからわかるように、神皇産霊神は出雲系神の始祖と位置づけられます。
造化三神のうち、最初に現れた天御中主神は具体的な働きがまったく記述されていないことから、全ての神の頂上に位置する象徴的な中心の神。高皇産霊神(高木神)は、天照大御神と共に天孫降臨の際とか神武天皇東征の際に神武天皇を助けるなどしているので、天孫族(大和朝廷)の始祖神。そして神皇産霊神は出雲系の始祖神というわけです。

巨岩の前に建てられていたことから、古代の磐座(いわくら。神の御座所。自然の巨石をさす場合が多い)が神社に発展した例として貴重な神社です。

江戸時代寛文5年(1665)の出雲大社御造営にあたり、命主社の裏の大石を石材として切り出したところ、下から銅戈(どうか)と硬玉製勾玉(こうぎょくせいまがたま)が発見されました。
銅戈は銅鉾(どうほこ)、銅鐸(どうたく)と並んで弥生時代を代表する青銅器ですが、勾玉と一緒に発見されたことは注目されます。
銅戈は北部九州産、硬玉製勾玉は新潟県糸魚川産の可能性が高く、この時代に北部九州、北陸と交流があったことを物語っています。
出雲と越(北陸)の交流は、『古事記』でも、八千矛神(大国主神)の高志(越)国の沼河比売(ぬなかわひめ)に求婚する場面で歌をやりとりします。第1首は女の家にやって来た男の求愛の歌で,戸外に立たされたまま夜が明けてしまう。第2首では女が,男の要求を拒みつつも男をなだめ,明晩を約束する、という歌の内容がかなり色っぽくて、印象的な場面となっている。

2つの遺物は、天孫系三種の神器のうち、剣と玉にあたり(あと1つは鏡)、これが出雲大社の近くから出土したこともあって昭和28年(1953)に重要文化財に指定されました。
出雲大社の宝物殿に展示されている。

今まで「三種の神器」について深く考えていなかったが、そのうち剣は素戔嗚が八岐大蛇を退治したときに得た剣なので出雲由来のもの、勾玉は出雲・沼河(糸魚川)あたりでしか出来ないので、これも出雲由来のものとなり、鏡だけが天孫系由来のものとなるのかな、と認識を新たにした。

社殿
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社殿の前に聳える、推定樹齢1000年のムクノキ。
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社殿の後ろに、かって巨石があったという「真名井遺跡」がある。
けっこう荒れた感じなのが、残念。
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【真名井の清水】
所在地:島根県出雲市大社町杵築東182

命主社のちょっと先に、島根の名水百選「真名井の清水」があると、ガイドブックの地図に載っていたので、寄りました。
古事記や日本書紀の神話の中で「真名井」は、神聖な水として登場します。
例えば素戔嗚尊と天照大御神の「二神の誓約生み」のところでも、それぞれ剣や玉に「天の真名井の水」を振り注ぎます。

やはり、ここの水も出雲大社の神事に関わる水でした。
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真名井の清水
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榎の木の根元から湧いています。
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口に含んでみると、実にやわらかい水でした。
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湧いているところでは、どのくらい湧いているのか判らなかったが、けっこう湧いていた。
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この後、いよいよ出雲大社に参拝しました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

朝8時半に出発ですか。やはり、2人づれ、あるいは3人づれだとそうなりますよね。私の場合は、遅くとも7時半、普通は7時頃ですね。

それにしても、出雲大社に神々が集まる話は不思議ですよね、だって、普通に考えれば、伊勢神宮に集まるはずなのですから。また、砂浜で神々を迎えると言うことは、みんな舟で来ると言うことなのでしょうね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
伊勢神宮は、もともとは天皇家の個人的なお宮なので。
元来開かれたお宮ではないんですよね。
国家権力の後ろ盾がある伊勢神宮は、逆にくだけた
ことは出来ないわけで。
出雲大社のほうは、そういう後ろ盾が無いから、出雲教やら、
御師の皆さんが知恵を働かせて、そういうことに
しちゃったんでしょうね(笑)
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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