御食津神(みけつがみ)/日本の神々の話

20151126

この神は、石見國一之宮・物部神社の相殿神のうち「鎮魂八神(たましずめやはしらのかみ)」の一柱としてお参りした。
鎮魂八神とは、高皇産霊神、神皇産霊神、魂留産霊神、生産霊神、足産霊神、大宮売神、事代主神、御食津神であった。

別名:御食神:みけつのかみ、御膳神:みけつのかみ、大御食津臣命:おおみけつおみのみこと、大御食津命:おおみけつのみこと、大御食津彦命:おおみけつひこのみこと、大御食津姫命:おおみけつひめのみこと

食物を司る神である。

『古語拾遺』によると、神武天皇が即位の時、天照大御神と高皇産霊尊の勅に従って、 神籬を建てて祀った八神の中に一柱。後に宮中神祇官の八神殿において御巫に齋き祀られている。

『延喜式神名帳』宮中神の条に、「御巫祭神八座」とあって、 「神産日神・高御産日神・玉積産日神・生産日神・足産日神・大宮売神・御食津神・事代主神」の神名を掲げている。

延喜式神名帳(文亀3年(1503)写本⇒「紅葉山文庫」⇒内閣文庫⇒国立公文書館収蔵)の該当箇所
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応神天皇が太子の時代に越前敦賀の気比大神(伊奢沙和気大神之命)と名を交換した話によって、敦賀の氣比神宮の祭神・伊奢沙和気大神之命と同神ともされている。
その話とは、敦賀の仮宮で、伊奢沙和気大神之命が太子の夢に現れ、「私の名を御子の御名に変えたい」と告げ、 太子が承諾すると「明日の朝、浜へお出かけください。名を変えたしるしの贈り物をさしあげましょう」と言った。
翌朝、太子が浜へ出てみると、鼻の傷ついたイルカが浦いっぱいに集まっていた。 太子は「神が私に食料の魚を下さった」といい、神の御名を称えて御食つ大神と名づけた。
古代において名は霊威のこもる実体と考えられたから、その交換・命名は、 相互の霊的、社会的関係(支配や服属など)の更新を意味した。 名易えの結果、気比大神が「御食つ大神」と称えられたことは、 大陸交通の要衝であった越前敦賀と宮廷が食物献上を通して新たな服属関係を結んだことを意味する。
また、敦賀の伊奢沙和気大神之命は、天日槍命、あるいはその後裔と思われる。 母の神功皇后も天日槍命の末裔であり、祖神に挨拶することで皇位を継ぐ準備ができたとも思われる。
「ナ」は「魚」を暗示する謎掛けになっており、翌朝海辺に打ち寄せられたイルカを見て太子は「神が御食の魚を下さった」と、 見事にその謎を解いた。そこには難題克服による太子の成人を称える意味もある。


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