松江城

20151223

11月12日から14日の出雲地方の旅の最終日、玉作湯神社、八重垣神社、揖夜神社、黄泉比良坂と回って、最後に訪ねたのは、今年国宝に指定されたのでここに行かなくてはどうすると考えた松江城でした。

とはいえ、15時に出雲空港を飛び立たねばならないので、あまり時間がありません。
松江市内に入ってから松江城にたどりつくのに、思いのほか時間がかかってしまい、城の近くで急いで昼食を食べて、走るようにして天守閣の前まで行き、中には入らず外観だけ見て戻りました。

松江城の全体図。
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駐車場から大手門から入ろうと内堀のところに来たら、堀遊覧の船着き場があった。
今度来たら、あれに乗りたいなと眺めた。
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石垣越しに、はるかに天守が見えた。
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松江城公園入り口のところに、堀尾吉晴像が立っていた。
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堀尾 吉晴(ほりお よしはる)は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人に仕えた。
織田信長時代には、稲葉山城攻め。
豊臣秀吉時代には、天正10年(1582年)の備中高松城攻め、山崎の戦い。
秀吉死後は徳川家康に接近し関ヶ原の戦いでは東軍に与した。
ありとあらゆる合戦を経験したキャリアで、その経験を活かして設計したこの松江城は難攻不落の城として有名。

1600年(慶長5年) 関ヶ原の戦いで戦功のあった堀尾忠氏(堀尾吉晴の子)が、24万石を得て月山富田城に入城し松江藩が成立。月山富田城は中世山城であり近世城下町形成には不利であったので、末次城跡を近世城郭の候補とした。
1607年(慶長12年) 末次城のあった亀田山に築城を開始。
1611年(慶長16年) 冬、松江城落成。(堀尾吉晴はこの年6月に完成目前で急死している。)

松江市街の北部に位置し、南に流れる京橋川を外堀とする輪郭連郭複合式平山城である。宍道湖北側湖畔の亀田山に築かれ、日本三大湖城の一つでもある。なお、城の周りを囲む堀川は宍道湖とつながっており薄い塩水(汽水域)である。

この日は土曜日なので、「城攻め体験」のイベントの参加者を募っていた。
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私も時間があれば参加したのに、残念(涙)

まず最初は「馬溜」である。
ここは大手門の前にある「桝形構造」で、大手門を守る構造になっていると同時に、いざという時にはここに馬を集めて城外に討って出る場所である。

ここに入っていくと、正面に横に長い巨大な石垣と、その上に設けられた櫓と塀に圧倒される。
高さ13mである。
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大手門は残っていなくて、両側の石垣からその巨大さがわかる。
大手門の幅は15mで、二階建て、屋根に鯱が載っていたという。

大手門を入ると、左に折れて石段を上がっていく。
左手には、太鼓櫓があって圧倒してくる。
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「石落とし」がよくわかる。
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長い石段には途中に踊り場が設けられ、「鉄砲櫓」があり、石段も位置をずらしてあり、攻め上がる勢いを削ぐ工夫がしてある。

石段を上がりきると、左手は二の丸。
右に行くと、三の門から天守閣に通じていくのだが、ちょっと真っ直ぐ進んで「坤櫓跡」まで行って見た。

野面積の石垣が面白かった。
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三の門、二の門、一の門と天守閣に近づいていくのだが、「桝形構造」になっていて、真っ直ぐには行けない。
三の門、二の門は現在は無いので、石垣などで想像するしかない。

一の門の前も、「桝形構造」で左右を櫓で挟まれている。
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一の門を入って、右手に少し坂を上がると、見事な天守閣が姿を見せる。
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天守は外観4重内部5階地下の穴倉1階、天守の南に地下1階を持つ平屋の付櫓を付ける。外観は重箱造の二重櫓の上に3階建ての櫓を載せたようなもので3重目の南北面に入母屋屋根の出窓をつけている。
意匠は下見板張りで桃山文化様式である。1・2階平面は東西12間に南北10間あり、高さは、本丸地上より約30m(天守台上よりは22.4m)ある。
姫路城、松本城に次いで、三番目の高さである。

黒と白のコントラストが美しい。
黒下見板張りと白塗り漆喰壁である。
大きな千鳥破風の飾り屋根から、別名「千鳥城」と呼ばれる。
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最上階は内部に取り込まれた廻縁高欄があり、雨戸を取り付けている。
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鯱は、木製の銅板張で現存天守の中では最大の高さ約2m。現在の鯱は昭和の修理の際に作り直されたもので、旧鯱は別途保管展示されている。
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窓は突上窓と華頭窓あり。
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大きな「附け櫓」が出入り口で、外には「石落とし」も備え、内部は「桝形構造」になっていて、周囲から「狭間」で狙われる構造になっている。
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横に回ると、「附け櫓」がけっこう大きいのがよくわかる。
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正面は白い壁が目立つが、側面はほとんど黒で重々しい。
側面の破風は実に巨大だ。
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紅葉とのポイントを探して撮って、これで松江城の撮影は終了。
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松江城から一路、高速を使って出雲空港に。
空港の近くでレンタカーを返して、空港まで送ってもらう。
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着いた時には、気が急いていて見つけなかった、床のハートマークを探す。
これを探すと幸運だとか(笑)
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待合室の壁にも、大きな注連縄が飾ってあった。
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これで、三日間の出雲地方の旅を終えたが、「神話のふるさと」を訪ねるというテーマで廻ったので、結局神社は10社参拝できた。
行く前に、行きたい神社をリストアップしたら16社挙がっていたので、まだまだ行きたい神社が多い。
また、ぜひとも来ないといけない。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

最後の方はきつかったようですね。飛行機は搭乗時刻の1時間前には飛行場に着いていないといけないのが大変ですよね。と言っても、私は大昔の千歳空港で、札幌からの列車が雪で遅れてしまって、駅から空港までの長い通路を走り、そして、手荷物検査をして、改札?を通りぬけ、飛行機に乗り込んだ途端にドアが閉まったことがあります。列車を降りてから飛行機に乗るまでに10分程だったと思います。

堀尾吉晴、あれって思ったのですが、堀尾茂助のことだったのですね。あ、松江城は私も行ったことがありますが、その後、武家屋敷に行きました。そう言えば、戦いの時の死亡者数の上位3位の中に石投げによるものが入っているそうで(1位は弓です)、石投げって、非常な効果があったようです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
飛行機搭乗も、今は簡単になっていて、
15分前に手荷物検査、10分前に搭乗、
いずれもJTBで発行した二次元バーコードを
かざすだけです。
簡単すぎて拍子抜けでした(笑)

確かに、堀尾茂助のほうが分かり易いですよね(笑)
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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