中山道・蕨宿

20151228

12月25日(金)、歴史クラブ行事で中山道蕨宿付近を探訪しました。
狭山市駅から、所沢、秋津、新秋津、南浦和経由で、京浜東北線浦和駅に降りたのが10時ちょっと前でした。
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駅前に、明治26年に駅開設の記念碑あり。
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駅から直進し、中山道に出る手前で右折して蕨城址に向かいます。
角に「蕨城址入り口」の碑があり。
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蕨城址直前に、こんな表示があり「なんだ、これは」と思わず笑う。
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和楽備神社の参道を横切る道で、鳥居のところが狭くなっているんですね。
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【蕨城跡】
所在地:埼玉県蕨市中央4-21
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蕨城について(ウイキぺデイアから)
南北朝時代に足利氏一門の渋川義行によって築城され、曾孫の渋川義鏡(よしかね)が古河公方に対抗するための拠点とした。
周囲を沼と深田に囲まれた微高地上に築城された平城で、幅約1l.8mの囲掘と幅約8.2mの土塁をめぐらし掘の内側の面積は約12,200㎡となっており、南側には同様の堀と土塁をめぐらせた約21,650㎡の外輪地があり二郭を形成していた。
戦国時代には扇谷上杉氏と後北条氏の境界線に位置したため、扇谷上杉氏にとっては江戸城奪回のための拠点となり、後北条氏にとっては川越城攻略の足がかりとなり、しばしば所属する勢力が入れ替わった。
現在は本丸跡地が県の旧跡に指定され、城址公園として整備されている。

江戸時代以降は、城主不在のまま廃城となった蕨城は江戸時代になると徳川家の鷹狩用の御殿として再利用された。蕨は城下で市が開かれていたため宿場としての基礎があった。そのため、中山道が整備されると宿場町として栄えた。

現代は、周辺の都市開発が進んだため「御所跡析形」「要害」「高山「堀の内」「防止」といった名称を残すのみで、掘と水濠の一部分をのぞいて痕跡を見ることはできない。
大正14年(1925)3月・埼玉県指定史蹟に指定される。
昭和36年(1961)4月・埼玉県指定旧跡に指定される。
昭和49年(1974ト市制15周年記念事業として、蕨城址公園と蕨市民会館が建設きれた。

城址公園と隣接して和楽備(わらび)神社があり、これに城址公園と市民会館を合わせたものが蕨城のかっての敷地であったと推定されている。和楽備神社は、社伝によると渋川氏が蕨城の守り神として八幡大神を奉斎したのがはじまりであるという。
三舟山合戦の際に渋川氏の滅亡で蕨を離れた者の中に板倉家宗家初代板倉勝重の祖父板倉頼重がいる。

わずかに残る堀と土塁
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城址公園にあったもの:
ニュートンの木
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ウルマンの詩「青春」碑
中年になった頃、会社の机に貼っていた思い出深い詩です。
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和楽備(わらび)神社については、別途記事にします。

その記事を読む


三学院に向かう途中、蕨北小の近くにあった、延宝2年(1674)建立の庚申塔。
三猿の浮き彫が深い。
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【三学院】
所在地:埼玉県蕨市北町3丁目2−4
金亀山(こんきさん)極楽寺三学院、京都の真言宗智山派総本山智積院の末寺。
創立年代は不明だが、本尊の木造十一面観音菩薩立像が平安時代後期の作であることや、他に現存する資料から中世以前の創建と考えられる。
天正19年(1591)に、徳川家康から寺領20石を寄進する旨の朱印状が授与されており、以後徳川歴代将軍からも同様の朱印状が与えられている。また、三学院は、足立坂東三十三箇寺の20番、北足立八十八箇所の30番にあたる札所としても知られている。
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全体図
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仁王門
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鐘楼
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三重塔
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圧倒的な迫力で聳える本堂
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境内の石仏、石碑を探訪

○梵字馬頭観音塔
寺号碑の前にあり、馬頭観音文字塔はたくさんあるが、梵字で書かれているのは非常に珍しい。
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○地蔵堂(地蔵石仏(目疾地蔵)、六地蔵石仏、子育地蔵)
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地蔵石仏(目疾地蔵)
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ちょうどお参りに来た方が眼にお味噌をつけてお参りしていた。
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六地蔵石仏
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子育地蔵
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○阿弥陀堂と不動堂の間の石仏群
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明和6年(1769)造立の庚申塔
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元治元年(1864)建立の「第六天」碑
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寛文2年(1662)建立の二菩薩碑
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貞享元年(1684)造立の庚申塔
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○蕨宿関係墓石群
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寛文10年(1670)の墓碑
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左側が元和9年(1623)とかなり古い。右側のは明暦2年(1656)。
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○木食観正塔
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○宝筐印塔寛政九年(1797)銘
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○宝筐印塔宝永二年(1705)銘
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○住職墓域の、卒塔婆型墓石
こういう形式の墓石を初めて見ました。
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○阿弥陀一尊図像板碑(文明13年 1481)
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これで三学院見学を終り、中山道に出て、レストランで昼食後、いよいよ中山道を歩きました。

蕨宿案内図
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国道17号(中山道)から分かれて旧道を歩きます。
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【ふれあい広場】
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皇女和宮の行列を描いた壁画
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からくり時計
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雰囲気のある建物
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【はね橋】
民家から用水を渡って道に出るため設けられていた。
復元されている。
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あとで立ち寄った「歴史民俗資料館」にあった模型の「はね橋」
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中山道に戻り、ぶらぶらと。
昔をしのばせる民家あり。
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道すじにあった「蕨宿まちづくり憲章」
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【仙の鐘】
「中仙道宿場まつり」の記念で作られたもので、中仙道蕨宿地域では、「人にやさしいまちづくり」・「人と人とのふれあいを大切にするまちづくり」を目指していることから、人偏をつけた「仙」の字を使っているそうです。
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【歴史民俗資料館】
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横に本陣入り口を再現
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中山道を利用した大名、姫君
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中に入ると、高札場と庚申塔のレプリカ
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蕨宿模型
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「一宮御幸之図」
明治元年、明治天皇本陣休憩の様子を描いたもの。
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和宮様御下向御用留
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徳川家康朱印状
三学院に与えた、寺領20石を寄進することが記された朱印状
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【蕨町道路元標】
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【長泉院】
所在地:蕨市中央5-13-3
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真言宗霊雲寺派寺院の長泉院は、甘露山と号します。長泉院の創建年代は不詳ですが、横浜市六浦にあった名跡を移し、円実という沙弥が宝暦5年に当地に創建したといいます。
長泉院の鐘は宝暦八年(一七五八)に江戸神田鍛冶町の小幡内匠によって作られたもので、蕨宿では時の鐘として親しまれ、「おしゃみの鐘」とよばれていたといいます。
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鐘楼は、なんと現代的なお寺の上にあり。
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裏のほうから望遠を効かして鐘を撮った。
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【歴史民俗資料館 別館】
明治時代に織物の買継をしていた家を保存してある。
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中山道に面したお店の部分
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内部
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住宅部分の一部
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ユーカリの樹がきれいだった。
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【宝樹院】
所在地:埼玉県蕨市中央2丁目10−14
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山門
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木鼻の彫刻(獅子?)が面白い。
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本堂
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渋川公墓(市指定文化財)
渋川公夫妻の250年忌にあたる文化13年(lB16)に渋川氏家臣の子孫たちにより造立された。永禄10年(1567)に上総国三舟山合戦で敗死した渋川公と、その死を悲しみ群馬県の榛名湖に入水した夫人を祀ったもの。
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最後に、中山道の道に埋められていた、各宿の北斎絵の陶画から、幾つか挙げておきます。
坂本宿(碓氷峠の群馬県側麓)
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追分宿(信濃追分:北国街道と中山道の追分)
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岩村田宿
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

蕨市ですか。ううん、8月上旬に毎年、「わらび機まつり」があるので、惜しかったですね。四角い灯籠みたいな感じの七夕飾りが沢山、飾られます。

蕨駅は大昔は仕事で10回以上降りたことがあります。降りて、北西方向に行きました。機まつりの時も何回か、行っていますが、ううん、蕨市って、結構、色々と古いものがあるのですね! 実は、正月に備えていらないものを少し捨てようと思って整理していたら、「わらびのみどころマップ」と言うのが出てきました。それを見て、四季歩さんが行かれたところを確認してみたら、ううん、私は蕨城跡までは行ったことがありますが、それ以降は行ったことがありませんでした。今度、行った時に、中山道本町通りまで行ってみようと思います。

なお、本町通りでは毎年11/3に「中山道宿場まつり」が行われているそうです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
蕨は、これまで一度も行ったことが無かった
のですが、良い所でしたね。
いままで、ついでに、と云ってもけっこう真面目に
歩いた中山道の宿が幾つか出来たので、
来年からは、中山道の宿を訪ねるのを
一つのテーマにしようと思います。
蕨の「中山道宿場まつり」、面白そうなので、
来年は行ってみようと思います。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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