和楽備(わらび)神社

20151229

鎮座地:埼玉県蕨市中央4丁目20-9

12月25日(金)に、歴史クラブ行事「中山道蕨宿周辺を歩く」で参拝しました。

蕨城址から通路を使って横から入ったので、参道の入り口まで行って入り直した。
神橋から入る。
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鳥居
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神楽殿の裏に、宝篋印塔があり。
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神楽殿
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改めて玉垣が巡らしてあり。
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社号標
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創建から江戸時代までのことは、別当寺を務めた三学院末成就院が廃寺となり、明らかでない。
社伝によれば、室町時代に足利将軍家一族の渋川氏が蕨城を築き、その守り神として八幡神を祭ったのが始まりとされる。一方、「世鏡伝記題臨書」によれば、永正8年(1511年)に鎌倉の住人、成田隼人正が祭ったとする。また、本殿に安置された神体(木造僧形八幡立像)の台座に天正11年(1583年)の文字が薄く残されており、江戸時代以前の創建が窺える。
江戸時代に蕨宿が整備されると、「蕨八幡」「上の宮」と呼ばれ、中の宮(宮田 氷川社)、下の宮(荒井前 氷川社)と共に蕨宿三鎮守として重きをなした。
明治6年(1873年)村社八幡社に列格、国の管理を受ける。
明治末に神社合併という国策が打ち出され、蕨町においても町内各社を当社に合併することになったが、それぞれの集落民が納得するまでには、数年を要した。明治44年(1911年)12月15日、最後まで承服しなかった塚越稲荷神社を除いた18社を合祀した。合祀後の神社名に、祭神名(八幡神)を取ることは、各集落とも承服しない状況であった。土地名を冠することとなり、蕨一字では尊厳味がないので、岡田健次郎元町長の知人本居豊穎に依頼し、万葉仮名から取って、和樂備神社と命名した。そして、各合祭神社の建物・鳥居・敷石を移転したり、境内の拡張整備を行った。この時、八幡社の本殿は末社稲荷の社殿にまわし、丁張稲荷社の本殿を当社の本殿として移築した。これらの整備は大正末までかかった。

鳥居
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ここから参道は真っ直ぐ社殿まで延びる。
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手水舎
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水盤
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これは狛犬でなくて、獅子ですね。
ネットで調べると、幾つかの記事に「台湾製」とあります。
しかも碁盤の上に乗っている珍しい形です。
獅子舞の芸に「碁盤乗り」というのがありますね。
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拝殿
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社額
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祭壇には随身が侍っていました。
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本殿
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主祭神は誉田別尊

ご神体が「木造八幡騎馬像」ということで、ネットで探してみたら、蕨市のホームページに載っていました。
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神紋は「右三つ巴」
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境内社を参拝。

○御主殿社
祭神は渋川公とされる。明治44年に当社に合祀されたが、その石祠は蕨城址公園に現存する。
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○榛名神社(ご祭神:火産霊神、埴山姫神)
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○第六天社
ご祭神は、神仏習合の時代では「第六天魔王」だが、現在は「面足命・惶根命」としているところが多い。
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○富士浅間神社・小御岳神社(ご祭神:木花咲耶姫命)
かって蕨市役所の敷地に富士山を模倣した人工の山(富士塚)が築かれ、一合目、二合目、三合目と、ぐるぐる回って登って行くと頂上に浅間神社があった。これは仲上町の鎮守であった。小御岳神社はその中腹に祭られた神社である。明治44年の合祀により当社に移設。大正時代になると、富士塚の土は当社前庭の池の埋め立てに使われ、撤去された。
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○菓祖神(ご祭神:田道間守命(たじまもりのみこと))
蕨は江戸時代から、和菓子・煎餅等を製造販売する商店が多かった。昭和43年(1968年)蕨菓子商組合の人々が建立し、商売繁盛を祈願している。
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○神池(御殿堀)
蕨城を囲む堀の一部であった。江戸時代になると、徳川家が隣接する蕨城址に鷹狩用の御殿を建て、この堀は御殿堀と呼ぶようになった。
それを弁天宮が見守っている。
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○津島牛頭天王
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○稲荷社(ご祭神:倉稲魂命 (うかのみたまのみこと))
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○建築三神
建築の神様、手置帆負命(ておきほおいのみこと)、八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)、彦狭知命(ひこさしりのみこと)を祭ったものである。通常は聖徳太子を祭るが、当社では珍しいこの三神である。毎年建設関係者が集まり祭礼する。
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○天神社(ご祭神:菅原道真公)
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○力石
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・53貫目(約199kg)
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・48貫目(約180kg)
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・50貫目(約188kg)
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以上で、和楽備神社の参拝を終え、三学院に向かいました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ここは私にとっては、わらび機まつりの行事の1つの「モデル撮影会」の撮影場所の1つです。と言うのは、この撮影会は午後の3時間位、行われるのですが、その途中に、この神社の隣の市民会館で休憩、モデルさんの浴衣からセクシー衣装への着替え、そして、この神社の拝殿前での撮影となるからです。機まつりの時には、ここには竹飾りが飾られていますので。

と言う訳で、この神社、まともに境内を探索したことがありませんでした。上記を読ませていただき、へええ、こんなものまであったのかと驚きました。

なお、今年の夏に行った時は、御神輿が飾られていましたが、各町内の神輿を順に飾るのだとのことでした。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
なんとまあ・・・・・(笑)
matsumoさんは、この神社でずいぶんと
御楽しみなことをなさっていたんですね。
私も、こんどその撮影会に参加したい
ものです。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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