塞三柱神(サエノミハシラノカミ)/日本の神々の話

20151230

三柱の神とは、八衢比古命・八衢比売命・久那斗命ですが、
この神とは上総國式内社・姉埼神社の配祀神として、そして狭山市の廣瀬神社の相殿神で道饗祭の祭神ですから、廣瀬神社を訪れた時には参拝しています。

先に「塞神(さいのかみ)」を挙げていますが、これは日本古来からある原始神の一つであり、村境に祀られ、悪疫悪神の侵入を防ぐ神であり、名称も形も様々です。
その土地の人が通る時に手を合わせたり、石を積んだりして信仰しています。

対して、この三柱の神は、『日本書紀』では、泉津平坂(よもつひらさか)で、イザナミから逃げるイザナギが「これ以上は来るな」と言って投げた杖から岐神(ふなどのかみ)、来名戸祖神(くなとのさえのかみ)が化生したとしている。『古事記』でも、上述のイザナギの禊の場面で、最初に投げた杖から衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)、御袴から道俣神(ちまたのかみ)が化生している。
ここで、「ふなどのかみ」と「くなどのかみ」は同神とされている。
道俣神と八衢比古命・八衢比売命が同神とされている。
八衢(やちまた)とは、道が八つに分かれている所。また、道がいくつにも分かれている所。分かれ道が多くて迷いやすいことにたとえる。

姉埼神社由緒をみると、人皇第十三代成務天皇五年(135年(考古学的には保証なし))九月、このあたりを支配していた上海上(かみつうなかみ)の国造(くにのみやつこ)の忍立化多比命(おしたてけたひのみこと)が天児屋根命と塞三柱神を合祀したとある。
これは上海上国に悪疫、悪神、及び外敵が侵入しないようにとの願いであろう。

廣瀬神社道饗祭は地域に禍をなす、魑魅や妖物と食を饗して、しばらくの間、静かにして頂くもので、八衢比古命・八衢比売命・久那斗命の三神に祭りをお願いする神事です。外部からの悪疫や妖物の侵入阻止・退散が目的です。

八衢比古命・八衢比売命は『古事記』、『日本書紀』にはその名は見えません。
西暦927年、平安中期に書かれた『延喜式』の祝詞には書かれているという情報が今回調べている時にわかったので、ちょうど9月に国立公文書館で『延喜式』の祝詞の部分を撮影してきてあったので、探したら「道饗祭」の部分に、確かにありました。
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久那斗(くなど)の神と一緒に、八衢比古(やちまたひこ)、八衢比売(やちまたひめ)という神の名が出てきます。道俣(ちまたの)神が男女一対の神であるという考え方は、遅くともこの頃までに成立していたと考えてよいでしょう。



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