高野御子大神(たかのみこのおおかみ)/日本の神々の話

20160103

既に、「丹生都比売命(にうつひめのみこと)」の記事を載せていますが、丹生都比売命を調べた際にわかった神です。

弘法大師・空海が高野山を開いたときの有名な話に登場する神。

弘仁7年(817年)のことだが、弘法大師は白と黒の犬を連れた猟師と出会った。その時、猟師は「この山の向こうに、夜になると不思議な光を放つ山がある。この犬に案内させよう」と教え、二匹の犬を放った。
この猟師は、高野山の地主神で「狩場明神」だった。
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 大師は、二匹の犬の案内に従って、山に入っていった。すると今度は丹生都比売神(丹生明神)と名乗る女性と出会った。
比売が指さす方を見ると、大師が唐から願いを込めて投げた三鈷杵(さんこしょ)が松の枝にかかっていたという。
 弘法大師は、三鈷杵のあった場所に金剛峯寺を建てて高野山を開いた。
この話は『金剛峯寺建立修行縁起』に書かれている。

このときの「狩場明神」が、高野御子大神の別名だとされています。
全国に約180社ある丹生都比売神を祀る神社の総本社である、和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野に鎮座する「丹生都比売神社(にふつひめじんじゃ)」の、丹生都比売神と共に祭神として祀られている。

高野御子神は、その神名が示すように丹生都比売神の御子神といわれる。しかし、この神が関わった高野山開創伝承は、丹生氏に伝わる「神の贄のため二頭の犬を連れた狩り人の伝承」に由来すると見られている。そのため、本来は「祀られる神(丹生都比売神)」と「奉祀する神(高野御子神)」の関係であったと推測される。なお、文献では古くは『日本紀略』延喜6年(906年)条に記載が見える。


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コメント

No title

なるほど、弘法大師も日本の神様と関係があったのですか! ううん、何だか、当時の人々にとっては、仏も神の一種であったのではと言う気がしてきました。

それにしても、白と黒の犬と言うのは、何か、意味があるような気がしますし、丹生都比売神と言うのは、丹、すなわち、水銀に関係しているのでしょうね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
空海が開いた真言宗は密教ですが、修験道に
かなり近いですよね。
修験道は神道と仏教が融合しています。
丹生都比売神社のあるところと、丹(水銀)の
鉱脈には関係があると云われています。
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四季歩

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とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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