「水-神秘のかたち」展/サントリー美術館

20160105

1月4日(月)、例年どおり日本橋高島屋で、江戸木遣り・はしご乗りを楽しんだ後、六本木ミッドタウンに移動し、昼食後、この展示を見ました。

ミッドタウン内の飾り
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サントリー美術館前の吹き抜けには、書が垂れていた。
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サントリー美術館
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今回の展示は「水-神秘のかたち」
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私たちは水によって生命を維持しており、欠かせないもの。
一方で、水が多すぎたときに大変な災害ももたらしてきた。
だから、人はずっと水に祈りを捧げて来た。

今回の展示は、そういう祈りのかたちを特集したものです。
展示は次のようにわかれていた。
1.水の力
2.水の神仏
3.水に祈りて
4.水の理想郷
5.水と吉祥
6.水の聖地

この記事では、この全体像を説明しているものではありません。

ここでは、今回の展示の中で感心したもの、珍しい神仏のかたちを知って嬉しかったものなどを、私が勝手に取り上げています。
興味を持たれましたら、2月7日まで開催しているので、ぜひ会場に足を運んでください。

流水文のある銅鐸
弥生時代 大阪府八尾市跡部(あとべ)遺跡出土
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「京都八坂神社・祇園社大政所(お旅所)絵図」に書かれた湯立神事
2014年9月に鎌倉御霊神社で行われた、この神事を見ている。
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弁才天の出展が多かったが、その中から、
「江島縁起絵巻」から弁才天
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弁才天坐像
鎌倉・南北朝時代 金亀山與願寺(江島神社)
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弁才天の頭上に坐すが、単体でも信仰の対象とされている「宇賀神」
江戸時代 大阪・本山寺
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ちょっと不気味な宇賀神も、木喰上人が彫るとこんな感じに。
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住吉神像
鎌倉・南北朝時代 鎌倉・鶴岡八幡宮
住吉大神は、伊邪那岐尊が禊を行った際に生まれた底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)の総称であり、一つの神で表わされることもある。
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「水天」の石碑は方々で見るが、図像で見たのは初めて。
水天像
室町時代 滋賀・園城寺
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空海は、東寺時代に西寺の守敏との祈雨争いに勝って、空海の名声を不動なものにしたが、その時に使用した「倶利伽羅龍剣」
和歌山・龍光院
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善女龍王(ぜんにょりゅうおう)
平安時代 和歌山・金剛峯寺
雨乞いの対象である龍王のうちの一尊だが、先の空海と西寺の守敏との祈雨争いの際に、空海の祈りに応じて出現した。
衣の裾から、龍の尾が見える。
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円空が彫った「善女龍王」
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高野四社明神像
鎌倉時代 和歌山正智院

○丹生明神(丹生都比売)
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○狩場明神(高野御子大神)
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丹生都比売と高野御子大神は、空海が高野山を開いた由緒に登場する神である。
弘仁7年(817年)のことだが、弘法大師は白と黒の犬を連れた猟師と出会った。その時、猟師は「この山の向こうに、夜になると不思議な光を放つ山がある。この犬に案内させよう」と教え、二匹の犬を放った。
この猟師は、高野山の地主神で「狩場明神」だった。
大師は、二匹の犬の案内に従って、山に入っていった。すると今度は丹生都比売神(丹生明神)と名乗る女性と出会った。比売が指さす方を見ると、大師が唐から願いを込めて投げた三鈷杵(さんこしょ)が松の枝にかかっていたという。
弘法大師は、三鈷杵のあった場所に金剛峯寺を建てて高野山を開いた。

○気比明神
丹生明神の娘で、高野明神(狩場明神)の妹です。
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○厳島明神(弁才天)
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三宝荒神とか、荒神の石碑はよく見るが、その図像は初めてだ。

三宝荒神
鎌倉時代 東京国立博物館
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子島荒神
室町時代 
壷阪山の麓にある子島寺、そして、壷阪寺の中興の祖である真興僧都が感得したと伝えられる荒神
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「天稚彦図屏風」で、日本版七夕伝説があることを知った。
今まで知っていた七夕伝説(牽牛と織女)は中国の伝説である。
日本版は、天稚彦という男神と人間の娘の物語。
しかし、「天稚彦」とは日本神話にも登場する。
葦原中国を平定するに当たって、遣わされた天穂日命が3年経っても戻らず、次に遣わされたが大国主の娘下照姫命と結婚し戻らなかったのが天稚彦。
しかし、どうも神話に出てくる「天稚彦」と七夕伝説に登場する「天稚彦」は違うような気がする。
「天稚彦図屏風」で天の川を挟んで座す、天稚彦と娘。
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

サントリー美術館ですか、ううん、ミッドタウンを含めて2年近く行ってないです。

宇賀神の像が面白い感じですが、ううん、何で体が蛇なのでしょうね。そう言えば、小石川七福神の弁財天も体が蛇だった記憶があります。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私はサントリー多いですね。
企画が、私の趣向と合うんでしょうね(笑)

私も蛇は気持ち悪いですが、蛇は水神の使いで、
しかも長じて天に上がれば龍と化すというので、
信仰が多いですね。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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