亀戸天神社(東宰府天満宮)

20160111

鎮座地:東京都江東区亀戸3−6−1
参拝日:2014年2月26日、2015年12月7日、2016年1月7日

7日に亀戸七福神めぐりの後参拝しましたが、下見の時の写真と、2014年2月に梅を撮りにきたので、その三回の写真で記事を作りました。

境内図
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大鳥居
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正保年間(1644年 - 1647年)、菅原道真の末裔であった九州の太宰府天満宮の神官、菅原大鳥居信祐は、天神信仰を広めるため社殿建立の志をもち、諸国を巡った。そして1661年(寛文元年)、江戸の本所亀戸村にたどり着き、元々あった天神の小祠に道真ゆかりの飛梅で彫った天神像を奉祀したのが始まりとされる。
当時、明暦の大火による被害からの復興を目指す江戸幕府は復興開発事業の地として本所の町をさだめ、四代将軍徳川家綱はその鎮守神として祀るよう現在の社地を寄進した。そして1662年(寛文2年)、地形を初め社殿・楼門・回廊・心字池・太鼓橋などが太宰天満宮に倣い造営された。
古くは総本社に当たる太宰府天満宮に対して東の宰府として「東宰府天満宮」、あるいは「亀戸宰府天満宮」「本所宰府天満宮」と称されていたが、1873年(明治6年)に府社となり亀戸神社、1936年(昭和11年)に現在の亀戸天神社となった。

太鼓橋(男橋)の手前、左右に台座があるが、これが何かの跡だと思うのだが、調べてもわからなかった。
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太鼓橋(男橋)
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この太鼓橋は、広重の名所江戸百景「亀戸天神境内」に描かれている。
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残念ながら藤のは無いが、色々な取り合わせの写真を載せておく。
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太鼓橋の上からスカイツリーを。
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整理していて気が付いたが、太鼓橋(男橋)の上から、真っ直ぐ拝殿までを撮った写真が無い(汗)

太鼓橋(女橋)の手前、左側からの拝殿。
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拝殿
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社額
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祭壇
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2月25日の菜種御供(なたねごく)
天神様の忌日にあたり、菜の花をお供えして、御霊を宥める神事。
梅を撮りに行ったときに、ちょうどその翌日でした。
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本殿は、探したが全景を撮れる場所はなく、屋根だけ見える。
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ご祭神:天満大神(菅原道真公)、相殿神:天菩日命(菅原家の祖神)

神紋は「剣梅鉢」
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舞殿
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次いで摂末社です。

○御嶽神社
御祭神:比叡山延暦寺第13代座主 法性坊尊意僧正
社殿は、寛文9年(1669)11月21日に九州太宰府御嶽山より勧請し建立され、古くは亀戸妙義社とも号された。現在の社殿は、菅原道眞公御神忌1075年大祭の記念事業の一つとして、昭和51年(1976)に再建されたもの。
由緒:
法性坊は、道眞公(天神様)の数学、御折の師で、道眞公が薨去ののちは太宰府天満宮の社殿造営に関わられ、社前に一念三千の心字池を構えて三世一念の太鼓橋を架けられるなど道眞公とのご関係は殊に深く、よって当宮境内に奉祀された。法性坊は智徳世にすぐれ、ご在世の内にも奇特多い高僧として知られ、天慶3年(930)2月の卯日の卯の刻に亡くなられたことから、春の陽気を迎える「卯の神」と敬仰され以来月毎の卯日はもとより、特に正月の卯日は、陽気を迎えるはじめとして卯槌、卯の神札を求め、福徳・才智・愛敬を願い、除病・延命を祈った。
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○花園社
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○弁天社
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○紅梅殿
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○神牛
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舞殿の背後に「亀井戸跡碑」と「おいぬさま」があり。

○亀井戸跡碑
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○おいぬさま
塩をかけて病気平癒を願うのだそうです。
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○五歳の菅公碑
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菅原道真公が五歳の時に詠まれた歌が台座にあり。
「美しや 紅の色なる 梅の花 あこが顔にも つけたくそある」
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○累卵(るいらん)塔
五歳菅公像の後方に累卵塔と額刻り(がくぼり)し、その下にお盆らしき物の上に卵を七個積み重ねた線画が入っている碑があります。累卵とは、卵を積み重ねることで、崩れやすくきわめて危険な状態をたとえていう言葉で、明治20年3月に明治天皇の主事医を務めた千葉愛石が天神様を崇敬するとともに人命の危うき事を示そうとして献納しました。
この碑の裏面には大政奉還を行った15代将軍徳川慶喜公と深く関わった“幕末の三舟“と称された勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟の名前が刻まれています。
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○うそ替え神事の碑
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○芭蕉句碑
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スカイツリーが池に写っているのを撮った。
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せっかくだから、2014年2月に撮った梅を載せておきます。
時期的には、まだ早すぎた。

拝殿前の紅白梅
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「楠玉」
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「月影」
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「呉服枝垂」
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「鹿児島紅」
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「紅冬至」
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「一重緑蓴」
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「冬至梅」
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

太鼓橋(男橋)の手前、左右に台座、私も調べてみましたが、白黒の絵葉書の時代でも、台座だけだったみたいです。おそらく、石灯籠の跡だと思うのですが。

境内社、そんなにあるのですか! ううん、私の場合は、梅や藤の花がメインで、背景に建物と言う形ですので、そんなにあるのかと驚きました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
matsumoさんの場合は、撮りたいものが
私と違いますからね。
逆に私は、藤の時にはまだ行っていません。
今年あたり行こうとは思っていますが。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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