愛宕神社

20160115

鎮座地:東京都港区愛宕一丁目5番3号
参拝日:2016年1月10日

10日に、虎の門金刀比羅宮「初こんぴら」に行きましたが、その後昼食後ここに参拝しました。

社号標
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愛宕神社は、山手線内では珍しい自然に形成された山である愛宕山(標高26m)山頂にある。京都の愛宕神社が総本社である。
防火・防災に霊験のある神社として知られる。

慶長8年(1603)、江戸に幕府を開いた徳川家康の命により防火の神様として祀られた。
慶長15年、本社をはじめ、末社仁王門、坂下総門、別当所等将軍家の寄進により、建立された。祭礼などには下附金を賜るほど、当時の幕府の尊崇は篤いものだった。
その後江戸大火災で全焼してしまったが、明治19年、9月に本殿、幣殿拝殿、社務所の再建がなる。
大正12年9月1日、関東大震災に、昭和20年5月24日帝都大空襲により太郎坊神社を残し社殿は焼失したが、昭和33年9月、氏子中の寄付により、御本殿、幣殿、拝殿などが再建され、現在に至る。

愛宕神社は、標高26メートルの愛宕山の山頂にあります。これは23区内で自然の地形としては一番高い山。春は桜、夏は鬱蒼と茂る樹木の涼と蝉時雨、秋は月と紅葉、冬は雪景色と四季折々の表情で、訪れる人の目を楽しませている。

大鳥居の前には、「出世の石段」と大きな掲示があり。
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【出世の石段】の前に狛犬があり。
両方とも角があり、顔の表情がいい。
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【出世の石段(男坂)】がそびえている。
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時は寛永11年、江戸三代将軍、家光公が将軍家の菩提寺である芝の増上寺にご参詣のお帰りに、ここ愛宕神社の下を通りました。
折しも春、愛宕山には源平の梅が満開。家光公は、その梅を目にされ、 「誰か、馬にてあの梅を取って参れ!」と命ぜられました。
しかしこの愛宕山の石段はとても急勾配。歩いてのぼり降りをするのすら、ちょっと勇気が必要なのに、馬でこの石段をのぼって梅を取ってくることなど、とてもできそうにありません。
下手すれば、よくて重傷、悪ければ命を落としそう。家臣たちは、みな一様に下を向いております。
家光公は、みるみる機嫌が悪くなり、もう少したてば、怒りバクハツ!というそのときに、この石段をパカッ、パカッ、パカッとのぼりはじめた者がおりました。家光公。その者の顔に見覚えがありません。
「あの者は誰だ」
近習の臣に知る者はありません。
「おそれながら」
「おう」
「あの者は四国丸亀藩の家臣で曲垣平九郎(まがき・へいくろう)と申す者でございます」
「そうか。この泰平の世に馬術の稽古怠りなきこと、まことにあっぱれである」
平九郎は見事、山上の梅を手折り、馬にて石段をのぼり降りし、家光公に梅を献上いたしました。
平九郎は家光公より「日本一の馬術の名人」と讃えられ、その名は一日にして全国にとどろいたと伝えられております。

この故事にちなみ、愛宕神社正面の坂(男坂)を「出世の石段」と呼び、毎日多くの方が、この男坂の出世の石段を登って神社にお参りにみえております。
なお、実際に神社にみえた方は男坂をごらんになって、
「こんな石段を馬が上れるわけがない。曲垣平九郎の話は講談だからウソだろう」
と思われるのですが、江戸以降にも男坂を馬で登り降りすることにトライをして、成功している方が何人かいらっしゃいます。
明治15年・石川清馬(セイマ。宮城県出身)
大正14年・岩木利夫(参謀本部馬丁)廃馬になる愛馬のために最後の花道をつくった
昭和57年・渡辺隆馬(ワタナベ リュウマ。スタントマン)「史実に挑戦」というテレビの特番で。
この番組では石川五右衛門は本当に大凧に乗って逃げたのか、なんていうのもやりました。
(愛宕神社ホームページから)

この日は、歴史クラブの一員として参加していて、高年齢の方が多いので、幹事は女坂のほうを案内したのですが、私はいつもこの坂を見ると上りたくなるので、この日もこちらを上がりました。
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昨年の春、身延山久遠寺の桜を撮りにいきましたが、あの時に上がったく287段の石段「菩提梯」と比べたら楽ですよね。

上がりきると【一の鳥居】ですが、まだ初詣の参拝者が多くて、すごい行列でした。
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石段の下を見ると、さすがにすごいですね。
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行列に並ぶと、写真を撮れなくなってしまうので、この日は脇からお参りすることにして、行列の脇から撮りました。

手水舎
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【丹塗りの門】
ほおずき市の時には、茅の輪が設置され、これをくぐると災いを避けられるといいます。
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丹塗りの門からの眺めが、広重の「江戸名所百景」に描かれている。
海がきれいに見えている。
人物は、落款に「正月三日毘沙門使」とあることから、麓の円福寺で強飯式を終え、一本歯の高下駄を履き巨大な杓文字(しゃもじ)とすりこぎを手に、やっとの思いで急な石段を登って来たところ。
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【招き石】
丹塗りの門から拝殿の間にあり、この石をなでると福が身につくといいます。
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【拝殿】
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【本殿】
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祭神は、
主祭神:火産霊命(ほむすびのみこと)
配祀:罔象女命(みずはのめのみこと)・大山祇命(おおやまづみのみこと)・日本武尊(やまとたけるのみこと)・将軍地蔵菩薩(しょうぐんじぞうぼさつ)・普賢大菩薩(ふげんだいぼさつ)

神紋は「三つ葉葵」
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境内末社に参拝

【太郎坊社】猿田彦神(天狗様)を祭神とする末社です。
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【福寿稲荷社】
宇迦御魂神を祭神とする末社です。
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【大黒天社】
大國主命、事代主命を祭神とする末社です。
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【弁財天社】
市杵島姫命を祭神とする末社です。
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社殿の横に弁天池あり。けっこう大きい。
愛宕山の頂上なのに、昔から水が湧いていたのだろうか?
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【梅軍梅】江戸時代、曲垣平九郎が将軍徳川家光に献上したと言われる梅です。
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【桜田烈士愛宕山遺跡碑】
桜田門外で井伊直弼大老を暗殺した水戸浪士たちは、ここに集合し桜田門に向かった。江戸城・桜田門までは約2キロメートル。ここから歩いて2~30分の距離である。
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【狂歌合長者園撰】
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上には弁天、恵比須、大国が描かれていて、天明期の狂歌師:大田南畝(蜀山人)等の狂歌も刻まれている。
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下には、社頭霞、愛宕山、甲子などに分かれて石碑いっぱいに狂歌が刻まれている。
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愛宕神社がある愛宕山は標高25.7メートル。出世階段を登り切った右手には、山の証しである三角点があります。天然の山としてはこれは23区内で一番の高さ。
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蝋梅が咲いていた。
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最後に、隣の真福寺にある【勝軍地蔵菩薩】にお参り。
1603年(慶長8年)、徳川家康の命により、徳川家康が信仰した勝軍地蔵菩薩を勧請し、愛宕神社を創建。同神社の本地仏として別当寺の円福寺に祀ったことにはじまる。明治の廃仏毀釈により円福寺が廃寺になると、勝軍地蔵菩薩像は近くの真福寺に移されたが関東大震災で焼失。1934年の弘法大師1100年御遠忌記念として銅製で復元され、現在は、1997年に建設された真福寺・愛宕東洋ビル一階外側に祀られている。

真福寺
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銅製で復元された「勝軍地蔵菩薩」
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ううん、3日前の1/7(木)でしたら、「どんど焼き」をやっていたのですが。ここのどんど焼きは、沢山の達磨さんが焼かれると言う、珍しいものです。1/7は、このほか、鷲神社では餅と七草粥、待乳山聖天ではフロふき大根と御神酒が、いずれも無料で振る舞われるそうですので、この日に行かれるのもよいかもしれませんね。

このように途中に踊り場が無い石段は、登るときはそんなに恐くないのですが、下りは要注意ですね。滑って、そのまま下まで転げることもありますので。結構、長い石段と言えば、高尾山の薬王院に行く途中の男坂が結構、長いです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
7日は、歴史クラブの七福神めぐりを
するのに一番適している日ですね。

高尾山の石段は、思い出しました。
そうですよね。
ちょっと息を切らしたのを思い出しました。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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