歴博フォーラム「申年のサル」

20160117

160117saru01.jpg


昨日、例年どおり新橋のヤクルトホールで行われた、国立歴史民俗博物館主催の「歴博フォーラム」に行ってきました。

プログラム:
開会の挨拶/青山 宏夫(国立歴史民俗博物館副館長)
報告1「サルの伝承」/小池 淳一(民俗研究系)
報告2「生活のなかのサル」/山田 慎也(民俗研究系)
報告3「サルの民俗芸能と信仰」/川村 清志(民俗研究系)
休憩
報告4「描かれたさる」/大久保純一(情報資料研究系)
報告5「造形のなかのサル一美術工芸品に見る猿の図像-」/日高  薫(情報資料研究系)
報告6「古代東アジアの申」/上野 祥史(考古研究系)

興味深かったことを、順不動で書いておきます。

【厩猿】
日光東照宮の、「見ざる・言わざる・聞かざる」三猿の彫刻が神厩舎(神馬をつなぐ厩)にある意味がわかった。
猿が馬の守り神だったのですね。

昔の農家にとっては馬は牛と並んで重要な労働力であり、家族同然に大切に扱われていた。人間を守る神と同様、馬を守る存在として生まれたものが厩神の信仰とされている。
厩神を祀る多くの地方では猿が馬の守り神とされており、厩の柱の上に厩神の祠を設け、猿の頭蓋骨、または猿の手足を神体として納めていた。簡易な方法で済ます際には、猿の絵を描いた絵馬やお札を魔除けとして貼っていた。
また当時は季節ごとに馬の安全を願う祭礼として、厩の周りで猿を舞わせる風習もあった。大道芸の猿まわしはその名残りである。

大道芸の猿まわしが、馬の安全を祈る祭礼からきているとは驚きでした(笑)

どうして、猿を守り神にしたのかという点については、下記が考えられるとのこと。
・祖先神として神聖視した
・人身御供の代用
・馬が病気になったときの薬効

平安時代の絵巻物のなかで厩に猿がつながれているのが描かれているので、古くからの風習らしい。
古代中国でも、猿と馬の取り合わせが、オルドス青銅器などで見られるそうだ。

庚申塔に彫られる猿で、猿と馬の取り合わせが紹介されていた。
私は、いままで三猿くらいしか見ていないので、驚いた。
八王子にあるというので、近いうちに見にいこうと思っている。
とりあえずネットで調べたら、画像があったので載せておく。
160117saru02.jpg


160117saru03.jpg


【サルのお守り】
飛騨地方に多い「サルボボ」が紹介されていた。
160117saru04.jpg


私が育ったのは、信州の山村だが、道祖神祭りの子供の小屋掛けにたくさんサルが吊るされていたのを覚えている。

【山王信仰と猿】
山王さまといえば、赤坂の日枝神社が有名だが、そこの神猿については、「今年の干支」という記事で紹介している。

その記事を読む


興味深かったのは、埼玉県鴻巣市の「三ツ木神社」を紹介していた。
もとは山王社だったそうだが、ここでは願掛けに、オサルサマに光明丹を塗るので、真っ赤になっている。
そしてイシザルを持ち帰り、願がかなうと倍にして奉納するので、奉納されたイシザルが6000体もあるそうだ。

先の赤坂の山王日枝神社でも、拝殿前の神猿には赤いおべべを着せている。
これは、日枝神社の祭神・大山咋神が関係しているのではないか。
京都の上加茂神社の由緒にある、玉依日売(たまよりひめ)が加茂川の川上から流れてきた丹塗矢を床に置いたところ懐妊し、それで生まれたのが賀茂別雷命で、兄玉依日古(あにたまよりひこ)の子孫である賀茂県主の一族がこれを奉斎したと伝える。
丹塗矢の正体が大山咋神である。

とりあえず、鴻巣市の「三ツ木神社」には、近々行かないといけない。

【アマメハギ】
石川県輪島市門前町の行事で、「ナマハゲ」と同じことを能登半島でもしていたことに吃驚した。
天狗が一人、鬼が二人、猿面が一人。
160117saru05.jpg


160117saru06.jpg


同じ日本海沿いなので、同じ内容の行事が伝播したものだろう。

フォーラムでは、ビデオが紹介された後で、輪島市からわざわざ来てくれて、会場中を暴れまわった。
泣き叫ぶ子供は居らず、年よりばかり多かったので、ちょっとやり難そうだったが(笑)

(了)


スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

国立歴史民族博物館と言えば、私にとっては、土器付着物による炭素14の年代測定と言う捏造みたいなことをして、箸墓古墳が卑弥呼の墓だとマスコミに発表したが、肝心のデータは出さずじまいの博物館と言う認識でしたが、まともな仕事もしていたのですね!

なるほど、日本では、猿が縁起物と言うか、神様に当たる存在だったのですね。ですから、祈祷師が猿を馬のまわりを舞わせながら、繁栄を祈ったと言う訳で。昔の中国では桃と猿は長寿の象徴だったそうですから、おそらく、この辺りがルーツで、それが日本に渡って変わってきたのだと思います。

また、ちょっと思ったことは「道開き」の神様である「猿田彦」と関係あるのではないかと言うことですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
今回取あげているのは、動物の猿ですが、
「猿田彦」については、漢字は猿を使っていますが、
もともとは、
サ=神稲
ル=の
タ=田
で「猿田」=神稲の田となって、その「彦」で、
神稲の田を管理する神となります。
天孫降臨の際に迎えに出たので、道案内の神ともされたわけです。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop