安房國一之宮安房(あわ)神社(延喜式内社)/千葉県館山市大神宮

20160201

鎮座地:千葉県館山市大神宮589
参拝日:2016年1月29日

歴史クラブ行事「関八州式内社めぐり」で、この日安房国式内社6社を回りましたが、洲崎神社に続きこのお宮に参拝しました。

社号標
東郷平八郎元帥の揮毫によるもの
安房國一之宮、安房国6座のうち「安房座神社」明神大社、旧官幣大社、別表神社
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特 徴:
古代に神郡(しんぐん、かみこうり)(一郡全体を特定神社の所領・神域と定めた郡)を持った数少ない神社の1つとして知られる。
当時全国には神郡として、ほかに伊勢国度会郡・伊勢国多気郡・下総国香取郡・常陸国鹿島郡・出雲国憲宇郡・紀伊国名華郡・筑前国宗像郡の計8郡があり、これらは「八神郡」と総称された。
御神徳:
日本産業の総祖神として崇められ、交通安全、厄除開運家内安全、商売繁盛など
由 緒:
・社伝によれば、神武天皇の命を受けて、天富命(天太玉命の孫)は天日鷲命の後喬を引き連れて、四国・阿波へ渡りその土地を開拓。その後、阿波国の忌部を引き連れて、当地へ上陸、この地を開拓、当地は良い麻が生育することから、総(ふさ、麻の古語)の地と名ずけ、神武天皇元年に布良浜の男神山・女神山に祖神の天太玉命、天比理刀畔命を示巳った。これをもって創祀とする。
・養老元年(717)吾谷山山麓の現在地に遷座し、その際天富命・天忍日命(天太玉命の弟神)が摂社(下の宮)に祀られた。
・延長5年(927)「延書式」神明帳に「安房座神社 名神大月次新嘗」として、名神大社に列する。
・治承4年(1)180)源頼朝 当社に祈祷を命じ、神田8町を寄進。
・明応8年(1499)6月の大地震で社殿全て倒壊。
・文亀3年(1536)領主の里見義成 本殿・瑞垣を造営。
・天文5年(1536)改めて里見氏造営。慶長年間(1592-1615)さらに里見氏こよって社殿の修造が行われる。
・寛永13年(1637)3代将軍徳川家光から朱印地30石余安堵された。
・明治4年(1871)5月 近代社格制度にて 官幣大社に列し。戦後は神社本庁の別表神社に列した。
・平成21年(2009)本殿・拝殿の大修造を行った。

境内図
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一の鳥居
白い鋼鉄製の神明鳥居
全て鳥居は白だった。
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参道は、背の低い桜並木。八重桜だろうか。
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二の鳥居
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右に御洗池
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三の鳥居
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手水舎
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参道が右に折れて社殿となる。
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拝殿は、昭和52年(1977)の造営。鉄筋コンクリートによる神明造り。
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向拝の庇が大きいので、こういう日はとても有難い。
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社額
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拝殿内部
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「當國一宮」の額
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幣殿のところを覗いたが、本殿に上がる階段が見えるだけだった。
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現在の本殿は、明治14年(1881)の造営。間口3間・奥行2問の神明造り、屋根は檜皮葺。平成21年(2009)に大修造を実施。
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主祭神:天太玉命(あめのふとだまのみこと)・・忌部氏(斎部氏)の祖神
配 祀:天比理刀咩命(あめのひりとめのみこと)・后神
忌部五部神(現在は祀られていない)
・櫛明玉命(<しあかるたまのみこと)-出雲忌部の祖
・天白鷲命(あめのひわしのみこと)-阿波忌部の祖
・彦狭知命(ひこさしりのみこと)-紀伊忌部の祖
・手置帆負命(たおきほおいのみこと)-讃岐忌部の祖
・天日一箇命(あめのまひとつのみこと)一筑紫忌部・伊勢忌部の祖
                     
*主祭神の天太玉命は中臣氏の祖神。天児屋根命と相並んで、天照皇大神の側近に重臣として奉仕し、政治・祭祀・農漁業・建築・金属工業など、諸産業の祖神を統率された大力無双の神。天照皇大神の天岩戸幽居の際、大神の出御に大功をたてた。

神紋は、「十六弁八重菊」紋と酢漿草(かたばみ)紋
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宝物狛犬で、木製狛犬があることがわかっていたので、拝殿の中に置かれてはいないかと探したが、見当たらなかった。たぶん宝物殿の中だろう。
情報では、文永元年(1264)、日蓮上人四十二才の厄年に一週間安房神社にお篭りになり坐定して刀を振って狛犬を彫刻せられ、誓願成就の御礼の意味にて奉納されたものである。
ネットで探した画像をアップしておく。
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これから、境内社などを参拝。

摂社・下の宮
ご祭神;天富命(あめのとみのみこと、天太玉命の孫神)、天忍日命(あめのおしひのみこと、天太玉命の弟神)
養老元年(717)の創祀。
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境内社・琴平社
ご祭神:大物主神
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何も表示のない、白壁づくりの建物。宝物殿ではないかと思う。
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ご神木の槇
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社殿のすぐそばまで岩の崖がせまっている。
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神饌所
明治41年築。神様に奉る神饌(お食事)を作るための建物。現在は主に1月14日の置炭神事祭場として利用されています。
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拝殿と神饌所を結ぶ渡り廊下の向こうに盛り砂があり。
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本殿の左側にある、吾谷山(あづちやま)から湧き出ているという御神水。
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御仮屋
例祭の時に安房神社周辺の9社が神輿を奉安しておく場所。
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名を書いた札が下がっていたので、内訳を撮ってきました。
洲宮神社(天比理刀咩命)、布良崎神社(天富命・須佐之男命・金山彦命)、相濱神社(日本武尊・宇豆毘古命)、熊野神社、犬石神社(月読之命)、八坂神社(須佐之男命)、日吉神社(大己貴神・大山咋神)、下立松原神社(阿八別彦命・須佐之男命)、白浜神社(伊古奈比咩命)

境内社・厳島社
ご祭神;市杵島姫命
拝殿前に横たわる巨大な海食岩をくりぬいてお祭りされた末社。
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忌部塚(洞窟遺跡):
「安房神社」の境内から100m歩いたところにうります。
昭和7年(1932)井戸掘削工事の際、地下約1メートルで見つかった海食洞窟の遺跡。全長約11メートル、高さ2メートル、幅1.5メートル。発掘調査により人骨22体、貝製の腕輪193個、石製の玉3個、縄文土器などが出土した。この洞窟は昭和42年(1967)干葉県指定史跡に指定されたが、現在は埋め戻されている。
出土した人骨22体のうち、15体に抜歯の風俗が見られることが注目される。土器の存在が明らかでな<、詳細は不明。人骨の年代についても再検討が必要とされている。
人骨の一部は近<の宮ノ谷に埋葬され「忌部塚」として祀られて「忌部塚祭」が行われている。
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駐車場に戻る道沿いに、鎌倉でよく見られる「やぐら」みたいに岩壁の洞窟を利用していた。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この神社、行ったことはありませんが、広大で立派な境内の神社ですね。それだけに、鉄筋コンクリート製の拝殿が残念です。この手のもの、せめて、外側だけでも木で覆うとかして、例えば、柱は薄い板を貼るとかして、木造風にできないのでしょうか。そうすれば、風格も上がると思いますし。

鳥居が白いのは、石っぽく見せている? あるいは、何かいわれがあるのでしょうか。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
現代ですから、鉄筋コンクリートでもかまいませんが、
伝えられてきた文化が見られるようにして
欲しいですね。
例えば、本殿の彫刻が素晴らしかったならば、
透かしを設けて、外から見えるようにするとか。

鳥居の白については、まだ納得する答えは見つかっていません。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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