下立松原神社(延喜式内論社)&天神社(あまのかみのやしろ)(延喜式内社)/千葉県南房総市白浜町

20160202

鎮座地:千葉県南房総市白浜町滝口1728
参拝日:2016年1月29日

歴史クラブ行事「関八州式内社めぐり」で、この日安房国式内社6社を回りましたが、洲崎神社、安房神社に続きこのお宮に参拝しました。

参道の石段上り口の左手に「滝口の井戸」と呼ばれる涌き水があり。
正月15日に行う筒粥{つつがゆ}神事の供え粥の白米を清めた神水である。今は生活用水として利用されているが、右奥からの清冽な湧水は昔から地域の人々に崇められているそうです。
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うっかりして、社号標の確認を忘れました(汗)
安房国式内社朝夷郡4座のうち「下立松原神社」、旧村社
「式内社 安房國朝夷郡 天神社」を合祀している。

下立松原(しもたてまつぱら)神社は、千葉県南房総市にある神社である。
同名社が白浜町と千倉町に2社ある。いずれも式内社 「安房国朝夷部下立松原神社」の後裔社を称している。長ら<論争となっていたが、結局どちらにも決め手がな<、そのままとなっている。

由緒:
下立松原神社は天日鷲命を祀る式内社で、昔朝廷の命により、天富命が天日鷲命の孫由布津主命、その他の神々と房総地方開拓に上陸し、後由布津主命が祖神の天日鷲命を祀った社である。
上陸当時 野山に鹿が多<、住民がその被害に苦しんでいたのを神々が狩を行い害を除き住民を安堵させた神徳を慕い今も神狩の神事としてl日暦11月26日より10日間神狩祭が行われている。なお大鹿の角が社宝として現存している。
古来武将の尊崇も厚く源頼朝や里見義実などが太刀を奉納して武運長久を祈願している。
『義経記』には、石橋山の合戦に敗れた源頼朝は安房に逃けのぴたが、まず洲崎神社に参拝した後、瀧口大明神(当社)で一夜を明かしたとある。江戸時代以前には「小鷹明神」「瀧口明神」と称していた。

ここも石段が多かった。洲崎神社のように連続して150段もあるわけではないが、「えっ、また石段か!」というように現れる(笑)
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一の鳥居(明神型)
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石の崖を切り開いたような石段
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石段が切れて、平地に出ると右手に二つのお社があり。

まず「后{きさき}神社」
阿波忌部{いんべ}の祖神天日鷲命(あめのひわしのみこと)の孫由布津主命(ゆふつぬしのみこと)の后で、房総を開拓した天富命(あめのとみのみこと)の娘の飯長姫命(いいながひめのみこと)を祀った社殿である。
由布津主命は天富命に従って東国開拓をした安房忌部の祖神。
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招魂社
戦没者の霊を祀る。傍に大東亜戦争(太平洋戦争)で戦死した滝口地区106名の慰霊碑があったらしいが撮り漏らした。
石段下の手水鉢は嘉永3年(1850年)のものだそうです。
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嘉永2年(1849)奉納の石灯篭
左右とも獅子の彫刻が良い。
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二の鳥居(神明型)
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しばらく平らな参道で、また行く手に石段が見える。
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帰ってきてから得られた情報で、石段下の灯篭は享保8年(1723年)に建てられたもので、境内にある奉納物のなかでは一番古いことがわかった。
辛うじて写っているが、ちゃんと撮ればよかった。
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石段下に「ミカリ神事」の説明あり。
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寛政6年(1794年)に滝口村の若者たちが奉納した狛犬。
実にいい表情をしている。
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最後の石段を頑張って上がる(汗)
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手水舎
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慶応4年(1868年)奉納の手水鉢
正面には「無塵浄{むじんじょう}」とある。参拝前にここで「穢れを祓い心身を清める」という意味。
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拝殿前の明治3年(1870年)奉納の狛犬
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玉が凝っている。
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拝殿
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向拝部
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社額
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向拝に掛けられた絵馬
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美しい貝の奉納額
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鯨のどこのヒゲだろう。下は鯨を突く銛の先だろうか。
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拝殿内部
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拡大して、ここに狛犬が居るのにビックリ!
貴重なものを撮り逃がした(泣)
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調べると、載っているのはこのブログくらいでした。
これを見ると、とても素晴らしい狛犬であることがわかります。
http://wankomesen.blog.fc2.com/blog-entry-958.html

本殿
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彫刻が素晴らしい。
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時間が無いのと、雨のため、本殿の彫刻もきちんと撮れなかった。
先ほどの拝殿内の狛犬といい、再訪したいと思った。

御祭神:
天日鷲命 天太玉命 天富命 伊弉諾命 伊弉册命
配祀:
阿八別彦命 須佐之男命
合祀:
住吉大神 高倉彦命 大麻産靈命高靇命 闇靇命 高皇産靈神 神皇産靈神 倭健命 柿本人丸 天忍日命 天照皇大神 磯根御氣姫命 衣通比賣命 木花開耶姫命 金山彦命 菅原道眞

主祭神の天日鷲命は、『日本書紀』や『古語拾遺』に登場する神。阿波国を開拓し、木綿(ゆふ)麻を植えて紡績の業を創始した阿波の忌部氏(いんべし)の祖神。別名では、高魂命または天日鷲翔失命(あめのひわしかけるやのみこと)や天加奈止美命(あめのかなとみのみこと)といわれている。

天太玉命(あめのふとだまのみこと)は、『古事記』では布刀玉命、『日本書紀』では太玉命、『古語拾遺』では天太玉命と表記する。忌部氏(後に斎部氏)の祖の一柱とされる。日本書紀には天照大神が天岩戸に隠れた際に、神々が天太玉命に占いをさせたり、神を鎮めるための白い幣と青い幣を持たせたことが書かれている。

天富命は太玉命の孫。神武天皇のため橿原(かしはら)の御殿を作ったという。また斎部(忌部)(いんべ)をひきいて神宝の鏡,玉,矛,盾,木綿(ゆう),麻をつ<らせた。はじめ阿波,ついで安房に移住。麻をうえ,太玉命の社をたてたといわれる。

神紋は「五瓜に唐花」
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壁画殿
紀元2600年 (昭和15年)記念事業として建設された。内部には、同年に寺崎武男画伯(1883年~1967年)が奉納した当社の由緒を物語る壁画10枚が展示されている。
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壁画は忌部氏の一族を讃える内容となっている。
なお、寺崎武男は昭和前半に館山に住み、戦後安房高の美術講師をした。
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(1)国防
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(2)斎部廣成{いんべのひろなり}
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(3)源頼朝の参篭
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(4)開拓
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(5)天日鷲命
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(6)由布津主命
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(7)飯長姫命
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(8)造営
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(9)造船
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(10)神狩{みかり}
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【天神社(あまのかみのやしろ)】
鎮座地:千葉県南房総市白浜町滝口 下立松原神社境内
安房国式内社朝夷郡4座のうち 「天神社」
祭神は高皇産霊命{たかみむすびのみこと}・神皇産霊{かみむすび}命で、元の社地は滝口字天神免の観音堂あたりとされ、のちに別当寺の紫雲寺裏北西の本郷谷{やつ}に移ったといわれている。
昭和12年(1937年)に現在地に遷宮された。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

寛政6年(1794年)に滝口村の若者たちが奉納した狛犬、いいですね! 以前に見たギリシアだったか、エーゲ海だったかの顔面像を思い出しました。また、拝殿前の明治3年(1870年)奉納の狛犬もいいですね!

ここの二の鳥居も安房神社と同様に白く塗られているようですが、考えてみると、神官達の服は白いですので、神聖な土の言う意味なんでしょうね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
狛犬は、古い時代のものほど、造りが
おおらかで、好きです。
江戸時代以前のものを特に分けて
保存していますが、ずいぶんとたまりました。

白は清浄と結びついて、私も大好きな色です。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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