高家(たかべ)神社(延喜式内社)/千葉県南房総市千倉町

20160208

鎮座地:千葉県南房総市千倉町南朝夷164
参拝日:2016年1月29日

歴史クラブ行事「関八州式内社めぐり」で、この日安房国式内社6社を回りましたが、洲崎神社、安房神社、下立松原神社、天神社に続きこのお宮に参拝しました。

社号標
安房国式内社朝夷郡4座のうち「高家神社」 小社、 旧郷社
160208takabe01.jpg


「料理の祖神」を祀る神社として料理関係者や醤油醸造業者などから崇敬される。
由緒:
創建は不詳。高家神社の由緒書では、磐鹿六雁命(尊称:高倍神)の子孫の高橋氏の一部の者が、祖神に縁のある安房国に移り住み氏神として祖神を祀ったのではないかとしている。
・延書式神名帳に「安房國朝夷郡高家神社」と記載されているが、後に衰退・廃絶したものと見られ、長らく所在は不明となっていた。
・現在の高家神社の起源は江戸時代の初頭である。
 元和6年(1620)、高木吉右衛門が桜の木の下から木像と2面の鏡を発見し、それを神体として「神明社」として神社を創建した。
その約200年後、この鏡に「御食津神、磐鹿六雁命」と書かれていることがわかり、これは所在が不明であった高家神社の神体であろうということで、文政2年(1819)、京都の吉田御所に届け出て証を願い出て、神明社から高家神社に改称した。
・銚子市のヒゲタ醤油工場内に醤油醸造の守護神として当社の分霊が勧請されている。勧請したのは、後に『醤油沿革史』を著する同社社長(当時)・田中直太郎(金兆子)である。田中直太郎や『日本料理法大全』の石井治兵衛、日本料埋研究会の三宅孤軒らの紹介により、高家神社の名が日本全国に知られる。

「料理の祖神」を祀る神社を謳う社名板
160208takabe02.jpg


鳥居(神明型)
160208takabe03.jpg


傍らの紅梅が咲き始めている参道
160208takabe04.jpg


参道わきの、この絵は磐鹿六雁命だろう。
160208takabe05.jpg


左右の石灯篭に狛犬が居る。
160208takabe06.jpg


160208takabe07.jpg


160208takabe08.jpg


拝殿に上がる石段の途中に「三宅孤軒(みやけ こけん)の碑があり。
160208takabe09.jpg


160208takabe10.jpg


日本料理研究会創立者であり初代会長でもある三宅孤軒は『全国同盟料理新聞』に関わり、食に対して深い造詣と情熱を持ったジャーナリスト。当時の日本料理界は調理師会を単位とする同門の結束が強く技術の伝承はその中だけで行われていたため、この状況が続ければ『日本料理の伝統が衰退する』との危機感を持ち、日本料理界全体の技術の向上と伝統の継承を目指す機関の必要性を業界の各分野に説き、調理師会幹部有志および料理店経営者などの協力を得て「日本料理研究会」を1930年に設立。設立当初より各界の専門家による「料理展示会」や「料理講習会」、「栄養学」、「伝統文化」といった講習会を積極的に展開。機関誌『日本料理』の刊行により、業界内の情報の発信源としての役割を担う。

手水舎
160208takabe11.jpg


拝殿・鞘殿(萱葺八幡造)
160208takabe12.jpg


160208takabe13.jpg


社額
160208takabe14.jpg


拝殿内
160208takabe15.jpg


160208takabe16.jpg


本殿(銅板葺神明造)
160208takabe17.jpg


160208takabe18.jpg


主祭神は、磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)・天照皇大神・稲荷大神

「日本書紀」の第十二代景行天皇五三年冬十月の条に祭神・磐鹿六雁命について記されているが、延暦八年(789)に磐鹿六雁命の子孫である高橋氏が朝廷に奉ったとされる「高橋氏文(たかはしうじぶみ)」にさらに詳細に記述されている。
 景行天皇が皇子日本武尊(やまとたけるのみこと)の東国平定の事績を偲び、安房の浮島の宮に行幸された折、侍臣の磐鹿六雁命が、弓の弦をとり海に入れた所、堅魚(かつお)を釣りあげ、また砂浜を歩いている時、足に触れたものを採ると白蛤(=はまぐり)がとれた。磐鹿六雁命はこの堅魚と白蛤を膳にして差し上げたところ、天皇は大いに賞昧され、その料理の技を厚く賞せられ、膳大伴部(かしわでのおおとものぺ)を賜った。
 この功により若狭の国、安房の国の長と定められ、以後代々子孫は膳の職を継ぎ、もし世継ぎの無いときは、天皇の皇子を継がせ、他の氏を交えず、皇室の食事を司るように賜った。
 また、大いなる瓶(かめ=ベ)に例え、高倍さまとして宮中醤院(ひしおつかさ)で醤油醸造・調味料の神として祀られている。醤には、野菜を発酵させた草醤(くさびしお)、穀物を発酵させた穀醤(こくびしお)、魚などを発酵させた肉醤(にくびしお)があった。今でいう漬物・味噌醤油・塩辛の三種だが、これらは日本料理の基礎をなすものであり、磐鹿六雁命が料理の祖神とされる由縁である。

神紋は「右三つ巴」
160208takabe19.jpg


本殿の脇と、本殿の横に社があるが、境内社についてはまったく情報が無い。
もしかしたら天照皇大神と稲荷大神の社か。
160208takabe20.jpg


160208takabe21.jpg


160208takabe22.jpg


神輿殿
160208takabe23.jpg


包丁塚が二つあり。

社殿右の包丁塚
160208takabe24.jpg


社殿左の包丁塚
160208takabe25.jpg


あらためて、拝殿内の奉納額を拝見。

ヒゲタ醤油(株)の奉納額
160208takabe26.jpg


天岩戸の場面
160208takabe27.jpg


庖丁儀式の写真
毎年10月、11月に行われる包丁式には包丁と箸を使い、手を触れずに鯛、鯉、鮭など大きな魚をさばく。
古式ゆかしいその包丁さばきは、日本料理の伝統を今に伝える厳粛な儀式である。
160208takabe28.jpg


160208takabe29.jpg


庖丁儀式の絵
160208takabe30.jpg


千葉県市原市滝口生まれの詩人近藤文子氏の詩
160208takabe31.jpg


「包刀道」と銘された奉納額
160208takabe32.jpg


よくわからないが、庖丁道をイメージ化したものみたいだ。
160208takabe33.jpg


160208takabe34.jpg


160208takabe35.jpg


境内にあった、咲ほころびかけていた梅を載せておく。

白梅
160208takabe36.jpg


160208takabe37.jpg


160208takabe38.jpg


紅梅
160208takabe39.jpg


160208takabe40.jpg


160208takabe41.jpg



歴史クラブ行事一覧に飛ぶ



神社巡拝記事一覧に飛ぶ



スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

四條流庖丁儀式は、神田明神では毎年1月の寒の時の「大黒祭」の行事の1つとして行われるので、一昨年に初めて見に行きました。写真と同じように見得をきりながら切り分け、頭、尻尾、そして、食べる身の部分に分けるのですが、結局、刺身と言うか、柵の部分だけを作り、それで終わってしまったのにはガッカリでした。せめて、刺身の形にして、神様に奉納とか、して欲しいと思いました。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
神田明神で、包丁儀式が見られるのは知りませんでした。
一度見ようかな。
パフォーマンス過剰にしないと、駄目ということはないと、
思いますがね。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop