莫越山(なこしやま)神社(延喜式内論社)/千葉県南房総市

20160211

鎮座地: 〒299-2526 千葉県南房総市宮下27
参拝日:2016年1月29日

歴史クラブ行事「関八州式内社めぐり」で、この日安房国式内社6社を回りましたが、洲崎神社、安房神社、下立松原神社、天神社、高家神社に続き、この日最後の参拝地となります。

社号標
安房国式内社朝夷郡4座のうち「莫越山神社」 小社、 旧郷社
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なお、南房総市沓見253にも同じく「莫越山神社」があり、論社となります。

神社本庁『平成祭りデータ』による由緒書き:
当社は、天正天皇養老二年(セー八)、勅願所にかかり地を賜る。
神武天皇辛酉元年、天富命は阿波の忌部を率いて、当国に下り給う。この時小民命、御道命の請によりその祖手置帆負命、彦狭知命を祭祀し、延書式に載する安房六座中小四座の一なり。
『古語拾遺』に曰く、天照大神、高御産霊尊が天児屋根命、天太玉命に勅令して、番匠諸職の神々を天降された時にこの手置帆負命、彦狭知命を棟梁の神とされもろもろの工匠を率いて、日向国高千穂櫛触の峰に行宮を造り、天孫(迩迩芸命)の皇居を定めた。さらに神武天皇が大和、内を平定して、橿原を都と定めた時、天富命が手 置帆負命、彦狭知命二神の裔の一族を率い、紀伊国名草郡御木、あらか郡より斎斧斎鋤を以て始めて山の材を伐りて宮城の正殿を造り、これがわが国建築のはじめとされる。更に神武天皇の命により四国の阿波に赴き麻殻を殖培し、のち天富命は更に肥沃な土地を求め、阿波忌部氏を率いて舟で東方に向かい今の房総半島に上陸し、水利と渡度、狐座、御木の三官有林を中心とした豊かな山林に恵まれたこの地を開拓し故国の地名より安房と称し定住し、それまで土着の民の祀っていた神体山の渡度山(莫越の山)に祖神を祀り、また付近に莫越山神社を中心として、古墳時代後期には神祭が盛んに行われていたことを物語る東畑遺跡、石神畑遺跡、六角堂遺跡などが発掘されている。

社殿は、はじめ遥拝所として造られ、後世、里宮が建てられるまで山そのものを御神体として拝祀し、万寿二年に再建され、さらに治承年中修造、天正七年、社殿修造莫越山神社と奥の院、渡度神社修造の棟札もみられ、寛文九年再造、元禄十六年、大地震により社殿倒壊を受け、賓永四年、時の領主酒井氏再建のち関東大震災により社殿倒壊をうけ、氏子はもとより遠く県外よりも多くの浄財がよせられ、昭和二年、現社殿が再建された。

鳥居(神明型)
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参道に二組の石灯篭があり。

まずは、弘化2年(1845)松平下総守奉納の石灯篭
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中台四面には、麒麟・鳳凰、竿には龍、格挟間の四面には唐獅子が浮彫りされて、精巧な彫刻が施されています。
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二組目は、大正10年(1921)奉納の石灯篭。
どういう訳か、右の一基だけが蔦で覆われている。
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莫越山神社所蔵の文化財の説明あり。
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手水舎
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鳥居(明神型)
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文政10年(1827)奉納の狛犬
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拝殿
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拝殿向拝部
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社額
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拝殿内部
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拝殿内の社額
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本殿
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ご祭神は、手置帆負命、彦狹知命
配祀は、小民命(こたみのみこと)と御道命(おみちのみこと)

神紋は「五七の桐」
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境内社・八幡神社
莫越山神社の鬼門除けとして建立された。
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境内社の八雲神社・山神社
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本殿背後のご神木
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永代護摩壇寄進碑
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これで、この日予定していた安房国式内社6社を回り、帰途につきました。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

松平下総守奉納の石灯篭、いいですねえ! それにしても、できて170年位経つのに、よくこれだけの彫刻が雨ざらしで残っているものです。加えて、大きな地震も何回かあったと思いますが、かなり重心が高そうですのに、倒れて壊れなかったものだと思います。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
同じ江戸時代でも、初期のころは大名・武士や
町民でも大金持ちが奉納したので、良い石を使って
いるので、良く残っています。
江戸中期くらいから庶民も奉納するようになりましたが、
良い石を使っていないので、傷みが早いです。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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