嵐山町から小川町を歩く

20160308

2月26日(金)に歴史クラブ行事で歩きました。
コースは、武蔵嵐山駅⇒観音堂⇒積善寺⇒杉山城跡⇒普光寺・八宮神社⇒聖観音堂⇒八宮神社⇒小川町駅

ルート図
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東武東上線「武蔵嵐山」駅から歩きはじめ、最初訪れたのは観音堂。

【観音堂】
所在地:嵐山町志賀
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観音堂の前には、宝塔と石塔群があります。

享保元年(1716)建立の宝塔
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享保20年(1735)造立の庚申塔
下で三番叟を踊っている猿が見事。
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貞享5年(1688)造立の庚申塔
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安永7年(1778)造立の馬頭観音
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太子像
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ここの墓地には、板碑の墓碑が多い。
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目指す杉山城跡のある丘が見える。
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【積善寺】
所在地:嵐山町杉山600
杉山城跡への入り口にあり。
福王山、天台宗。本尊は阿弥陀如来。役小角創建と伝える。
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寺の入り口に、庚申塔4基が集められていた。
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この中で、年号が古く、しかも三猿が良い庚申塔はこれ。
元文5年(1740)造立の庚申塔
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本堂
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本堂内部
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ご本尊
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境内にある「苦悲(くび)なし地蔵」
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横に正徳4年(1714)造立の庚申塔あり。
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【杉山城跡】
所在地:嵐山町杉山
2008年(平成20年)3月28日、すでに国の史跡に指定されていた菅谷館跡(嵐山町)に、松山城跡(吉見町)、小倉城跡(ときがわ町・嵐山町・小川町)とともに杉山城が追加指定され、「比企城館跡群」の名称で一括して国の史跡に指定された。
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 戦国時代の初め頃、関東では関東管領山内上杉氏と同族の扇谷上杉氏による抗争がありました。「長享の乱」と呼ばれる一連の戦いのなかで、当時の嵐山町は、山内上杉方の拠点鉢形城(寄居町)と扇谷上杉方の拠点河越城(川越市)の中間にあり、長享2年(1488)には須賀谷原(嵐山町)で多くの戦死者を出す激しい戦闘がありました。
 杉山城跡から出土した遣物の年代は、この戦いの少し後にあたります。杉山城は、旧城を再興した須賀谷城とともに、山内上杉氏が扇谷上杉氏に対抗して築城したものと考えることができます。

杉山城跡案内図
二の郭が3ケ所、三の郭が3ケ所、それに外郭、出郭もあり、広大な城である。
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積善寺の前から、杉山城跡に向かう。
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出郭から大手口に向かう。
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大手口
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外郭の堀
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外郭と馬出郭の間の谷
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馬出郭
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横矢掛かり
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南三の郭の西虎口
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井戸跡
この城の唯一の井戸
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ここからの景色は素晴らしい。
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「折れ」がよくわかる。
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南三の郭の「食い違い虎口」
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南二の郭から本郭虎口に至る道
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南二の郭の下には土塁(帯郭)が設けられている。
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本郭の東虎口
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東虎口の現在はこんな感じだが、戦国期城郭の最高傑作であることが発掘でわかりました。
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本郭の東虎口は、方形に区画され、内側にはハの字形に広がる石積みが検出されました。この他にも本郭両虎口や北虎口、南二の郭両虎口など多くの虎口で石が使われていることがわかってきました。
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本郭の中心部
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本郭の広いのに驚いた
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本郭から日光男体山が見えるとパンフレットにあったので探した。
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見えた(嬉)
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本郭北虎口から降りる。
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搦め手口から、下の道路に降りたところに石仏群があり。
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そちらに私たちが向かうと、狸が石仏群の上を横切っていった。
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身体をボカシてあるのは、病気みたいで大分毛が抜け落ちていたから。

ここにあるのは、何れも文字塔で、庚申塔3基、馬頭観音二基、不明一基。
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少し行くと、また石仏群あり。
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宝暦11年(1761)造立の大乗妙典六十六部供養塔
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正徳6年(1716)造立庚申塔
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享保2年(1717)造立庚申塔
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元禄2年(1689)造立庚申塔
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三眼がはっきりしている。
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「猿田彦大神」碑
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文化12年造立馬頭観音
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また少し行ったところに、庚申塔二基あり、一つは文字塔だが、もう一つが良かった。
元文5年(1740)造立庚申塔
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【普光寺、八宮神社】
所在地:比企郡小川町中爪1042

この寺は正保2年(1645)の創建と伝えられていて、中爪村を治めた高木甚左衛門正則が三代将軍家光に懇願し拝領したと伝えられる絹本着色徳川家康画像を安置するため八宮神社近くに開基したのに始まるといいます。開山には男衾郡塚田村の尊栄を招き寺の第一祖としたそうです。徳川家康の画像は小川町指定文化財になっています。この他に幕府将軍から寺領確認の際下賜された朱印状や、僧形の円空仏が保管されているそうです。山門を入った両脇には板碑が立ち並び後世に集められたもののようです。これらの板碑の存在から創建以前にも前身の寺院があったのかも知れません。

入り口
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山門前に二基の石塔あり。
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一つは板碑に「二十二夜待供養」と追記してしまった、残念な板碑。
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延宝5年(1677)造立の、「靑面金剛」と文字で刻んだ庚申塔
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台座には、二羽の鶏と、二猿。
二猿は珍しい。
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山門には、茅の輪が常設されている。お寺で茅の輪は珍しい。
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山門の先の参道の両脇には板碑などが並ぶ。
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鐘楼
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本堂
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ご本尊
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脇の間
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大師像
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横の八宮神社に参拝。
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社殿の前に石灯篭一対と狛犬一対。
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拝殿内部
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社額
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境内社の東照宮
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内部
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屋根には、「三つ葉葵」の神紋が。
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【普光寺霊園・聖観音堂】
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ここから、バス停まで7、8分歩いた。
途中で、いま立ち寄った聖観音堂を谷越しに眺めた。
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バス停「五丁目」まで歩き、そこからバスに乗ったが、
健脚者は、「下里」で下りて、「題目板石塔婆」⇒「八宮神社」⇒小川町駅まで歩き。
私は、今足をちょっと痛めているので、「八宮神社入り口」でバスを降りて「八宮神社」に参拝する組に参加して、またバスで小川町に出た。

「八宮神社」については、別途記事にします。

その記事を読む


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

この辺り、板碑が沢山あるのですね! 私もまわってみたくなりました。加えて、当たり前のことですが、板碑って、墓地に多いのですね。ううん、私は基本的に墓地には行かないので、やはり、普光寺、八宮神社のように境内にまとめてあったほうが良いです。

ところで、普光寺の小川七福神は撮影されたのでしょうか。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
板碑は、この辺は多いですよ。
なにしろ小川町は、長瀞に負けない
板碑の生産地ですから。

小川七福神は、どうせ回れないと
勘違いしていて、後で調べたら、
一箇所七福神だったんですね(笑)
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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