二宮神社(寒川神社)(延喜式内論社)/千葉県船橋市

20160516

鎮座地:千葉県船橋市三山5-20-1
参拝日:2016年4月19日

歴史クラブの「関八州式内社めぐり」で、この日下総国の式内社11社のうち6社に参拝しましたが、蘇我比咩神社、老尾神社、香取神社、麻賀多神社に続き、当社に参拝しました。

バスが駐車場に入る前に、道の真ん中に石碑があるのが見えたので、バスから降りて最初に見に行った。
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「延喜式内 寒川神社 二宮大明神」とある。
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社号標
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由緒:
社伝によれば、弘仁年間(810年-824年)、嵯峨天皇の勅命により創建されたという[3]。

平安時代中期の『延喜式』神名帳には「下総国千葉郡 寒川神社」の記載があるが、当社はその論社とされている。
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また、下総国の二宮として朝廷からの崇敬をうけたという(ただし旭市の玉崎神社も二宮を称する)。二宮神社と呼ばれ始めた時期は不明であるが、乾元2年(1303年)銘の梵鐘(成田市祥鳳院蔵)に「総州二宮社壇」とあることから鎌倉時代にはすでにこの呼称があったことがわかる。

また、治承4年(1180年)に藤原師経が左遷された際、藤原時平が相殿に合祀されたという。藤原時平は菅原道真の政敵であるため、天神の氏子は当社に参拝しなかったと伝わる。

三山氏が先祖代々神官を務めた。地名同様「三山」の名は古くは「御山」と見え、当社に起因する。

天正19年(1591年)には徳川家康から朱印地10石を与えられたほか、江戸幕府将軍からの寄進は幾度にも及んだ。安政5年(1858年)刊の『成田参詣記』では「三山明神社(みやまみょうじんやしろ)」の図の挿絵とともに紹介されている。

明治に入ると、近代社格制度において郷社に列した。また、明治43年に若宮八幡神社と元摂社・阿波八幡神社を合祀した。

古来より「注連下」(氏子の区域)は21・3ヶ村(現在の船橋市東部・北部、習志野市、八千代市、千葉市西部)にまたがる広大な地域に達し、現在でも例祭などで、その影響力を見ることができる。

一の鳥居
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鳥居の横に、注連縄がかけられた石があるが、説明が無いので不明。
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正面の鳥居から参拝すると参道はいったん低くなり、谷を横断して進むように作られている。なお、谷の底部には小川が流れており、その水脈は習志野市の津田沼に鎮座している菊田神社境内にある池へとつながっているといわれている。
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谷の底部、参道の左側にポンプ式の井戸あり。
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谷底を直線に進むと石段をのぼりおわる頃に拝殿の向拝の唐破風が見えてくるようになっており、大きく雄大な唐破風の曲線、そして雄渾な彫刻をゆっくりと鑑賞できるようにと大工棟梁のデザインの工夫が凝らされている。
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石段を上がりきると左に、ご神木の大銀杏があり。
すらりと伸びた巨木は、 市内で最も高いイチョウで御神木として崇められています。またイチョウだけでなく、神社境内には多くの種類の叢林があり、 こうした貴重な自然環境によって守られています。樹高は25m、幹回りは4.71m樹齢約400年とも言われ、鳥居をくぐると現れるその姿は圧巻です。
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石段を上がったところに、明治十○年奉納の狛犬。
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現在の社殿は安永年間(1772-81)に再建されたものである。本殿・拝殿とも屋根は銅板葺であるが、本殿は大正11年(1922年)10月に、拝殿は大正14年(1925年)に茅葺屋根から葺き替えられた。この社殿の平面形式は江戸時代に流行した権現造だが、拝殿から幣殿にいたる床面の高さは同じになるようになっている。また、軒の組物及び腰組も当時の正規の宮大工の手法によって意匠と造作がなされている。昭和53年(1978年)10月25日に船橋市の有形文化財に指定された。

拝殿
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拝殿前に大正8年奉納の狛犬。
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拝殿の彫刻が立派。
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拝殿内部
四神旗が並んでいる。
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幣殿
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本殿
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本殿の彫刻

董永の故事/二十四孝
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孟宗の故事/二十四孝
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瞬の故事/二十四孝
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唐夫人の故事/二十四孝
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ご祭神は、建速須佐之男命、櫛稻田比賣命、大國主命、藤原時平公、大雀命(おおささぎのみこと)

神紋は「亀甲に七曜」、星を象った紋。
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神楽殿
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境内に勢いよく泳ぐ鯉のぼりが。
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末社は3ケ所にあったが、残念ながら表示がなく不明。
若宮八幡神社と元摂社・阿波八幡神社を合祀したとあるので、それも含まれているかもしれない。

正面入り口横
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脇入り口横
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正面参道の左
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これで、当社の参拝を終え、続いて「意富比神社(船橋大神宮)」に向かいました。


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