ミシャグジ神/日本の神々の話

20160609

私は、全国一之宮めぐりで諏訪大社に参拝したときに、ミシャクジ神が存在することを知った。

これは縄文の神であると考えられ、最初に戸矢学氏の『縄文の神』に載っている説明を先にする。
諏訪地方では、出雲族が征服してから建御名方神、それ以前は洩矢神(モレヤ神)となっているが、それより以前のこの地方の根源神は縄文時代から連綿と信仰されてきた「ミシャグジ」である。
表記は、「ミシャグジ」、「御社宮司神」、「御左口神」、「御石神」、「社貢寺」、「釈地」などがあり、更に柳田国男は『石神問答』で、「石神」、「石居神」、「釈護子」、「遮軍神」、「遮愚儞」、「蛇口神」、「社宮司」、「佐口司」、「佐久神」、「射軍神」を挙げている。

〇賽ノ神説
柳田国男は「賽の神」であるとしている。
現に私も、中山道小田井宿の入り口の辺に石棒が立てられているのを確認しているので、この形があったのは確かだ。
長野県地域では、男根の形をした「石棒」の形を採っているところが多いそうで、これが山梨県になると完全な球体の「丸石」を信仰しているそうである。

〇神長官・守矢家の敷地に「御頭御社宮司総社」が鎮座しており、「ミシャクジ神」は樹や石に降りてくる霊魂や精霊で人にも憑く神である、としている。
そしてミシャクジ神の祭祀権を持っていたのが神長官で、代々守矢家の世襲となっている。祭祀は柊樹のある「鶏冠社」で行われるが、神霊を招奉じるのは「要石」である。
今でも、諏訪大社の神事となっている「御頭祭」は、4月15日に上社前宮で行われるが、昔は75頭もの鹿の頭の奉納、猪鹿、鳥、魚の大祝や神官による饗膳などの諸神事が行われた。
現在は、鹿の頭のはく製5頭を供えるだけだそうだが、それでも、狩猟民族(縄文時代)の神事が、まだ残っているのである。

〇諏訪大社に、根源的信仰だったミシャグジ神の依り代は残っているのか?
上社本宮の「硯石」が、一之御柱、二之御柱との位置関係から言ってそうではないかと戸矢学氏は言う。

〇「ミシャグジ」を「シャ」と「グジ」とヤマト言葉での発想で原型を考えると、「サ」+「クチ」で、サは「狭・裂・賽」の意味で境目のことになる。クチは「口」である。
「割け口」、「割く地」、「境目」、「裂け目」となると、フォッサ・マグマという巨大断層地帯との重なりが意識される。
ミシャグジ神を祀る祠の分布は、今井野菊氏の調査によれば、長野県675社、静岡県233社、愛知県229社、山梨県160社、三重県140社、岐阜県116社だそうだ。
かって大地が裂けて未曽有の大地震災害をもたらした記憶に起因した信仰なのでは、という考えには説得力がある。
地震災害などのその地の平穏を祈る信仰であろう。

あと、wikipediaに載っている説明も載せておく。
柳田國男はミシャグジ=塞の神(サイノカミ)=境界の神であり、すなわち、大和民族と先住民がそれぞれの居住地に立てた一種の標識であるとは考察している。信仰の分布からミシャグジ信仰の淵源は、諏訪信仰に関わるとする見方もある。神徳は百日咳治癒、口中病治癒、安産、子育てなど様々だが、社祠・神座や伝承は年々消滅し続けている。

『駿河新風土記』には、村の量地の後に間竿を埋めた上でこの神を祀る一説がある他、『和漢三才図会』は「志也具之宮(しやぐのみや)」を道祖神(サイノカミの一種)としている。ミシャグジの実態は解明されたとは言い難い。

石神(シャクジ)と石神(いしがみ)を同一視する辞書は複数あるが、『日本民俗大辞典〈上〉あ〜そ』は「石神(いしがみ)とは異なる」としている。シャグジは社貢寺とされるが、その名の社寺は現存せず、土俗名ともされる。北左農山人の『江南駅話』には「あの宮が釈地大明神といふ。それをあがめておの字を附け、言ひちがへておしゃこじといふわなぁ」とある。

諏訪地方では特に諏訪の蛇神であるソソウ神と習合されたためか白蛇の姿をしているともいわれており、建御名方神や洩矢神(モレヤ神)と同一視されることもある。諏訪地方に於いては太古の昔からのミシャグジ信仰に後から来た建御名方神が習合、同一視されるに到ったともいわれるが、元々諏訪地方の土着神だったミシャグジ神が記紀神話に取り入れられて建御名方神になったという説もある。

考古学的成果としては、守矢家が守ってきた「七本の峰のたたえ」はミシャグジが降りる木とされ、この内の一本(守矢家屋敷の近くの尾根先端にある一本)が発掘調査されており、尾根は「狐塚」と呼ばれ、当初は古墳という説があったが、発見されたのは縄文時代の墓としての土坑であり、認定された。

この神を祀っていた神社では、神官に憑依して宣託を下す神とされた。また1年毎に八歳の男児が神を降ろす神官に選ばれ、任期を終えた神官が次の神官が決まると同時に人身御供として殺されるという「一年神主」の伝承も残る。

ミシャグジ信仰は東日本の広域に渡って分布しており、当初は主に石や樹木を依代とする神であったとされる。地域によっては時代を経るにつれて狩猟の神、そして蛇の姿をしている神という性質を持つようになったと言われている。その信仰形態や神性は多様で、地域によって差異があり、その土地の神や他の神の神性が習合されている場合がある。信仰の分布域と重なる縄文時代の遺跡からミシャグジ神の御神体となっている物や依代とされている物と同じ物が出土している事や、マタギをはじめとする山人達から信仰されていたことからこの信仰が縄文時代から存在していたと考えられている。



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