中山道小田井宿散策

20160630

6月27日(月)に、両親の墓参りに佐久に行ったあと、この宿を歩きました。
ここは、中山道六十九次のうち、江戸から数えて21番目の宿となります。
大名の奥方や姫君が泊まり、女性が安心して利用できたので「姫の宿」と呼ばれた。

歩いたのは、追分「分け去れ」から皎月原(こうげつはら)までです。
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小田井宿を描いた浮世絵
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【追分の分去れ】
北国街道と中山道の分岐点にあるのが「追分の分去れ」です。江戸から来た場合、右は北国街道の更科や越後方面、左は京都、吉野など関西へむかう分岐点となりました。
左が国道18号線(中山道)、右が北国街道です。
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「追分の分去れ」については、「追分宿」の記事で詳しく書いています。

その記事を読む


すぐに、旧中山道は国道18号線と分かれます。
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「いちにちじゅうやまみち」と読む(笑)
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旧中山道
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すぐに「中山道69次資料館」があります。

【中山道69次資料館】
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ここが、中山道全体の資料館としては唯一だと思います。
館内は、69宿すべてに平等なスペースを設けていて、中山道全体を楽しむことが出来ます。
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日本橋
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板橋宿
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大宮宿(氷川神社)
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龍吐水
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からくり儀右衛門のからくり人形
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縄文時代の石棒
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柳田国男著「石神問答」
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ここで、館長さんから「ミシャクジ神」だと云って見せていただいた。
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「ミシャクジ神」については、諏訪大社がらみで諏訪地方の信仰について調べたときに知り、大変関心を持っていたので、館長さんとかなり色々と楽しくお話をさせていただいた。
館長さんは、徳島の方で、高校の地理の先生をしていたが、中山道に惹かれてしまい、とうとうここに住みついてしまったという、ユニークな方でした。

庭には、ミニ中山道が造ってありました。

日本橋
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板橋
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万次の石仏(下諏訪)
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和田峠
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資料館の館長さんに再会を約して、進みます。
日陰が欲しい暑さでした。
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【御代田の一里塚】
しばらく行くと、右手にあります。

入り口
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浅間山は、頂上が雲に隠れている。
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この一里塚には、見事な桜が生えているので、以前桜を撮りにきました。
その桜の紹介を兼ねて、そこに一里塚の説明も載せてあるので、それを読んでください。

その記事を読む


もう片方の一里塚
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そこから少し行くと、しなの鉄道線路にぶつかり、旧中山道は地下道となります。
そこを渡る前に、旧御代田駅跡を見ていきます。

【旧御代田駅】
旧御代田駅はスイッチバックの駅として有名で、私は小学生のときに遠足で一時間くらい歩いて、スイッチバックを見にきました。
群馬県側の横川駅から、アブト式(歯車を利用した滑り止め)で一気に長野県側の軽井沢まで上り、そこから再び碓氷峠ほど急勾配でないにしろ、結構な勾配を小諸に向けて駆け下りてくるのです。昔の重たい蒸気機関車では止まっていられない勾配というわけで、スイッチバック方式で駅を設けました。
この駅に停車する列車は、水平に設置された分岐レールによって駅に入っていき停車しました。
東京からきた列車は駅に入っていき停車し、客が乗降後バックで発車していき、本線に乗ったら停車。そののち小諸方向に走っていったのです。

旧御代田駅跡地には、デコイチが置かれている。
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線路に目を凝らせば、まだ引き込み線のポイントが残されている。
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【地下道】
地下道入り口の表示。行き先は塩名田になっている。
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地下道
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地下道を上がり、右手の信号の斜め方向が旧中山道。
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そこからしばらく歩いていくと、「小田井宿入り口」となる。

【小田井宿入り口】
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根元に小さな道祖神があり、近くに筆塚がある。
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少し行くと、小田井宿説明板があり。
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【皇女和宮拝領人形】
小田井宿祭りには、有名な「皇女和宮拝領人形」も登場するようだ。
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給仕をした少年に、和宮が恵与したもの。
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【長倉諏訪神社】
鎮座地:長野県北佐久郡御代田町御代田小田井

説明板の向かいの細い道を入っていくとある。社叢が見える。
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鳥居
注連縄が面白い
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この社は、『延喜式神名帳』に、信濃国 佐久郡鎮座 長倉神社と載る、れっきとした式内社である。

現在は、長倉神社・諏訪神社合殿と称している。
もと伍賀村久能の宮平にあったと伝。長倉牧と関係あるものと思われる。それは「藁馬」からも推測できる。

明治16年造立だが、この狛犬はとても気に入りました。
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社殿
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社額
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拝殿内
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随身
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ご祭神:天兒屋根命
(合祀神:健御名方命

神馬舎の写真は撮り忘れた(汗)

中の藁馬
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町指定無形民俗文化財「小田井の道祖神まつり」に使われる藁馬。
毎年2月に行われる民俗行事で、子供たちがこの藁馬を町内中引き歩き、ここ長倉・諏訪神社でお祓いを受けます。子供たちの和合、無病息災の祈願行事だそうです。

境内には、「宮型の道祖神」がたくさん祀ってありました。
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街道に出ると、お休み處が。
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【寶珠院】
所在地:長野県北佐久郡御代田町大字御代田1814
藁ぶきの鐘楼が良いというので、寄りました。
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樹齢300年以上、二本の幹を寄せ植えしているアカマツ。
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鐘楼
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寺用水の「桝石」
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本堂
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【本陣跡】
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【上の問屋】
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【下の問屋】
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【脇本陣跡】
現在、建物は無し。街道脇の用水が良い。
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宿屋らしい建物
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静かです。
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小田井宿を出るところにあった石仏群
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不明
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大乗妙典八十八番供養塔
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不明
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顔が実に良し。
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馬頭観音
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これは塞の神としての「ミシャクジ神」だと思います。
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「ミシャクジ神」については、記事にしてあります。

その記事を読む


【皎月原(こうげつはら)】
旧中山道が国道と合流する交差点のちかくにある。
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公園になっている原は、気持ちのいい空間だった。
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これは、白山宮だろう。
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「旧跡 皎月歌碑」
享保七年(1723年)小諸藩の馬術師範で皎月原で押兼流馬術を習得したと伝えられる押兼団衛門長常という人が、当時の小田井本陣主安川庄右衛門に送った文書「夢想皎月記」の中に見られる。
「むかしより かわらぬ影を うつしてや 月毛之駒の 跡のみちしば」
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この古歌を昭和十年当時の御代田村が浅井洌氏に揮毫を依頼して建立したのがこの歌碑である。
浅井洌氏といえば、有名な「信濃の国」の作詞家。

原には、白樺も生えていて、しばしのんびりと休憩した。
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これで、小田井宿の散策は終了。

いつも必ず寄る、軽井沢のスーパー「ツルヤ」に直行して、コーヒー飲みながら休憩したあとショッピング。
私が必ず買うのは、「イナゴの佃煮」、ヨーグルト、チーズ。今回は生の杏も買った。キノコも地物があったので買った。
カミさんも、ずいぶんと色々なものに手を出していた(笑)

(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ダックスフント型の狛犬、いいですね! また、お腹?の辺りに紋があるのも面白いですし。

イナゴの佃煮ですか! ううん、私の家では絶対に食べないものですね。イナゴと言うと、母が子供の頃、福光の小学校では昼食の際に味噌汁が出たのですが、出汁用にイナゴの感想したものを粉砕して入れていたのだそうですが、粉砕があまくて、足等がみえるので、目をつぶって飲んだと言う話と、農家の友達の家に行ったら、おやつにイナゴを串に刺してあぶって醤油をかけたものを出されたが、食べられなかったと言う話をよくしていました。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
富山県の福光でイナゴは食べたののでしょうか。
内野カミさんは福光で生まれ育ちましたが、
絶対に食べようとしません(笑)
私は長野県育ちなので、大好物です。
あんなに美味しいものは無いと思っています。
長野県だけでなしに、食べる県あるみたいですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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