さきたま史跡の博物館

20160723

所在地:埼玉県行田市埼玉4834

7月16日に「古代蓮の里」に行ったあと、カミさんは初めてだというので、「さきたま古墳群」と「さきたま史跡の博物館」を案内しました。
ここは、私は何度も訪れていますが、独立して記事にしていなかったので今回過去の写真も使って記事にします。

なお「さきたま古墳群」は別に記事にしています。

その記事を読む


もちろん、「さきたま史跡の博物館」は「さきたま古墳群」の中にあります。
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駐車場から博物館に歩いていくときにあった、「埼玉県名発祥の地」の碑
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さきたま史跡の博物館
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博物館にあった埼玉古墳群の航空写真
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写真撮影は、フラッシュをたかなければOKです。

まず最初に見るのは、やはり国宝「金錯銘鉄剣(きんさくめいてつけん)」
(「金錯」は「金象嵌(きんぞうがん)」の意味)

窒素ガスを封入したケースに保管・展示されている。
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1968年に行われた稲荷山古墳の後円部分の発掘調査の際、画文帯環状乳神獣鏡や多量の埴輪とともに鉄剣が出土した。1978年、腐食の進む鉄剣の保護処理のためX線による検査が行われた。その際、鉄剣の両面に115文字の漢字が金象嵌で表されていることが判明する(ただし新聞紙上でスクープとなり社会に広く知れ渡ったのは1979年)。その歴史的・学術的価値から、同時に出土した他の副葬品と共に1981年に重要文化財に指定され、2年後の1983年には国宝に指定された。

書かれている文字
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これを解釈すると、「辛亥の年七月中、記す。ヲワケの臣。上祖、名はオホヒコ。其の児、(名は)タカリのスクネ。其の児、名はテヨカリワケ。其の児、名はタカヒ(ハ)シワケ。其の児、名はタサキワケ。其の児、名はハテヒ。(表)
其の児、名はカサヒ(ハ)ヨ。其の児、名はヲワケの臣。世々、杖刀人の首と為り、奉事し来り今に至る。ワカタケル(ワク(カク)カタキ(シ)ル(ロ))の大王の寺、シキの宮に在る時、吾、天下を左治し、此の百練の利刀を作らしめ、吾が奉事の根原を記す也。(裏)」

以下はWikipediaに載っている説明。
年代:
辛亥年は471年が定説であるが一部に531年説もある。

通説通り471年説をとるとヲワケが仕えた獲加多支鹵大王は、日本書紀の大泊瀬幼武(オオハツセワカタケ)天皇、すなわち21代雄略天皇となる。 銘文に獲加多支鹵大王が居住した宮を斯鬼宮として刻んでいる、雄略天皇が居住した泊瀬朝倉宮とは異なるものの、当時の磯城郡には含まれていることにはなる。この通説に則れば、21代雄略天皇の考古学的な実在の実証となりうる。 田中卓は、斯鬼宮と刻んだ理由を雄略天皇以前の数代の天皇は磯城郡以外に宮を置いており、当時の人にとって磯城宮といえば雄略天皇の宮のことであったためであるとし、記紀で雄略天皇の宮を泊瀬朝倉宮と呼ぶのは後世に他の天皇が磯城郡に置いた宮と区別するためそう呼称したものであるとした。

「オホヒコ」について:
銘文にある「オホヒコ」について、『日本書紀』崇神天皇紀に見える四道将軍の1人「大彦命」とみなす考えがある。

以上Wikipediaによれば、ヲワケが仕えた獲加多支鹵大王は「雄略天皇」とされていて、「さきたま史跡の博物館」の説明も、そうなっています。

「前玉神社」の祭神が出雲系であることを考えると、「さきたま古墳群」の古代豪族は、出雲系ではないだろうかと
考えられる。氷川神社も出雲系だし、そうとすると、極めて浅学な私の勝手な想像だが、大和の中央政権とは別に、そのころはまだ関東に「大王」が居たと考えるのも面白い。
「古代の探求」は、想像の余地がものすごくあって、面白いんですね(笑)

閑話休題

国宝「画文帯環状乳神獣鏡」/稲荷山古墳
年代: 古墳時代後期
鏡の一部に赤色顔料が付着している。鏡を包んでいた布の痕跡がわずかに残る。外区には竜や虎、亀、馬車などが神仙を乗せて走っている画像。太陽や月の運行が描かれ、内区には東王父・西王母・伯牙弾琴など4人の神仙とそれらを背中に乗せる竜や虎が描かれる。中国の道教思想に基づく画像表現である。群馬県高崎市八幡観音塚古墳出土鏡・千葉県大多喜町台古墳出土鏡など5枚の同型鏡がある。
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国宝「龍文透彫帯金具」/稲荷山古墳
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説明のチラシで模様がはっきりします。
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チラシによると、このように飾っていたらしい。
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左側が馬につける旗竿金具/将軍塚古墳
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馬の冑/将軍塚古墳
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こんな風になるらしい。これは朝鮮半島でよく見られるそうで、その文化がここまで来ていたことを示します。
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ガラス玉/将軍塚古墳
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人形埴輪/瓦塚古墳
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琴を弾く男子
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「美豆良(みずら)」という古墳時代の一般的な男子の髪形
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女性の埴輪
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頭の上の四角い板状のものは「島田髷」
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楯を持つ人物
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鈴鏡を腰につける巫女
島田髷と乳房で女性であることがわかる。
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冑をかぶる武人二体
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大きな馬形埴輪
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犬形埴輪/瓦塚古墳
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水鳥形埴輪/瓦塚古墳
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きりがないので、このくらいにしましょう。

帰りがけに、「はにわの館」をのぞいてみました。
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聞いてびっくり!!
材料代が普通の量で600円。これしか、かかりません(笑)
焼くのはタダだし、スタッフが教えてくれるし。
作るのに、慣れた人で2時間半くらい。
この日は、土曜日なので家族連れなどで、沢山の人が楽しんでいました。

中にもたくさん置いてありましたが、入り口のところにもたくさん並んでいて、これを見るだけでも楽しい。
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(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

有名な鉄剣の文字、私はてっきりX線写真でしか見えないのかと思っていたのですが、そうではなくて、目で見えるのですね。やはり、インターネット上の文字で書かれたものではなくて、実物で、と言っても、写真ですが、これで見ると、随分、文字だけで読んだのと感じが違いますね。

それにしても、さきたま古墳の出土物の中で、これ以外に文字が記されているのはないのでしょうか。例えば、鏡の裏とか。本当は、風土記とか、古事記とかが伝承されていたらいいのですが。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
いま歴史クラブの中に、古代の研究グループが
無いので、たまに機会があるとつついてみる、
程度で推移しているものですから、どうも
把握不足は否めないですね。
いつも、こういうときに、もっと腰を据えて、
と反省するのですが(汗)
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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