鶴ヶ島市・脚折(すねおり)雨乞いまつり

20160810

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 脚折雨乞は、国選択無形民俗文化財に選択されている埼玉県鶴ヶ島市を代表する民俗行事です。
竹と麦わらで巨大な龍蛇を作り、それを担いで白髭神社から雷電池(かんだちかいけ)まで練り歩きます。龍神 (神社を出発する前に宮司の入魂の儀により龍神となる) は、長さ36m、重さ約3トンあり、約300人が担ぎます。龍神が雷電池まで練り歩く様、そして木立の中から龍神が現れ、しずしずと池の中に入り勇壮に動き回る様は圧巻です。
 平成25年には「第17回ふるさとイベント大賞」で県内初の大賞(総務大臣表彰)を受賞しました。

 脚折(すねおり)雨乞については、次のような伝承が残っています。
昔から日照りのとき、脚折の雷電池のほとりにある脚折雷電社の前で雨乞の祈願をすると、必ず雨が降った。特に安永・天明(1772~1789)の頃には、その効験はあらたかで近隣の人の知るところであった。しかし、天保(1830~1844) の頃にはいくら雨を祈ってもほとんど「おしるし」がなくなつてしまった。
 雷電他には、昔、大蛇がすんでいたが、寛永(1624~1644) の頃、この池を縮めて田としたため、大蛇はいつしか上州板倉(群馬県板倉町) にある雷電池に移ってしまい、そのため雨が降らなかった。と言い伝えられています。(明治8年頃『村誌編輯』)

明治7年(1874)の夏の干ばつの時には、「畑の作物が枯れそうなので近隣の人が脚折雷電社で雨乞い祈願をしたが、そのしるしがなかった。そこで脚折のムラ人が協議して、板倉雷電神社に行き、神官に一晩中降雨を祈願してもらい、翌日傍らの池の水を竹筒に入れて持ちかえった。
脚折雷電社で、白髭神社の神官が降雨祈願をしていたが、そこに板倉の水が到着したとたん、快晴の空がたちまち曇り出し、まもなく雨が降った」とされています。(同『村誌編輯』)

 脚折雨乞は、昭和30年代半ば頃から行事の担い手である専業農家の減少など社会環境の変化により、昭和39年(1964) を最後に一度途絶えてしまいます。しかし、昭和50年 (1975)に雨乞いの持つ地域の一体感を再認識した地元脚折地区住民が、『脚折雨乞行事保存会』 を結成し、翌51年、脚折雨乞を復活させました。その後、昭和54年(1979)、昭和59年(1984) に実施し、それ以降は、4年に一度行われるようになりました。
 「脚折雨乞行事保存会」 では、龍蛇の骨組みの組み方や龍蛇の目などの竹細工の講習会等による「技」 の伝承や、子ども達が担ぐ「ミニ龍蛇」を作成したりと後継者育成にも力を注いでいます。
 こうした努力により、脚折雨乞は我が国の「雨乞い」を知るうえで貴重な行事と認められ、国選択無形民俗文化財に選択されました。

コース
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歴史クラブの行事にしたので、参加者大勢で東武東上線若葉駅から歩きました。
暑いのと、途中のトイレ休憩で時間を取られてしまい、白髭神社に到着したときには、まさに龍蛇がスタートするところ。
飛んで行って、参道入り口のところで撮りました。
やはり3トンと馬鹿デカク、36mと長いので圧倒的迫力ですね。
(全部まとめて動画にし、後の方にリンクを載せてあります)

龍蛇を見送ってから、白髭神社に参拝。
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社殿の後ろに、樹齢900年余の大ケヤキがあります。
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今度は、善能寺の前から出てくる龍蛇を待ち構えて撮りました。

そして、先行して国道407号線交差点を横断するので、見晴らしが良いので、そこで待ちかまえます。
日陰で待っていて、頃合いを見て陣取りをして、良い位置をキープ。

国道407号線交差点を龍蛇が通っていったあと、歴史クラブの参加者でバテた人がたくさん出て、ここで解散として帰りたい人には帰ってもらった。
最後の見せ場、雷電池には大勢の人が詰めかけていて、ちゃんと見ることは難しいと思われたが、やはり見たいという人が居たので、見に行った。

全然位置的な判断が分からず、場所取りをしたが、運よく神事をする場所の対岸だったので、人の波ごしでも、なんとか神事を撮れたのはラッキーでした(嬉)

雷電池に竜蛇が入ってから昇天(解体)するまで、かなりの時間がかかり(1時間半くらい)、腕を高くかかげての撮影で体力的に参ったのと、暑さで電池が消耗して、思いのほか早く電池を使いきってしまったので、残念ながら竜蛇の昇天(解体)は、撮ることができなかった。

白髭神社出発から雷電池に竜蛇が入るまでの動画を一本にまとめてアップしたので、見てください。

その動画を見る


(了)


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

動画、見せていただきました。このような祭りが残っていたのですね! と言っても、王子神社の田楽踊りと同様に、一度、途絶えてしまったようですので、どの程度、昔の形が残っているのかわかりませんが。

それにしても、龍の太さと長さには驚きました。私は下に台車が入っているのかと思ったのですが、担いでいるようですね。

池の場面、腕を伸ばして撮られているようですが、こう言う場合、私は「一脚」を使っています。これだと、結構、高く上に上げられますし、また、腕を伸ばすよりはユレも少ないと思います。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
龍蛇の大きさは、聴いてはいましたが吃驚しました。
やはりこういう祭りは続けて欲しいと思います。
一脚は持っていて、ときどき活用はするのですが、
この日はどういうわけか忘れました(笑)
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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