猿田毘古神/日本の神々の話

20160813

武蔵国旧高麗郡の白髭神社、隅田区・白髭神社、岩村田・鼻顔稲荷神社、さいたま市・足立神社、近江高島白髭神社などの祭神
『古事記』および『日本書紀』の天孫降臨の段に登場する。
『古事記』では猿田毘古神・猿田毘古大神・猿田毘古之男神、『日本書紀』では猿田彦命と表記する。
『古事記』 「邇邇芸命」の巻、「猿田毘古神」の段
(現代語訳)
さてヒコホノ二二ギノ命が、天降りなさろうとするときに、天から降る道の辻にいて、上は高天原を照らし、下は葦原中国を照らしている神がいた。そこで、天照大御神と高木神の仰せによって、アメノウズメノ神に命じて、「あなたはか弱い女であるが、向き合った神に対して、気おくれせず圧倒できる神である。だから、あなた一人で行ってその神に向って、『天つ神の御子の天降りする道に、そのように出ているのはだれか』と尋ねなさい」と仰せになった。それでアメノウズメノ神が問いただされたとき、その神が答えて申すに、「私は国つ神で、名はサルタピコノ神と申します。私がここに出ているわけは「 天つ神の御子が天降っておいでになる、と聞きましたので、ご先導の役にお仕えいたそうと思って、お迎えに参っております」と申し上げた。
160812saru01.jpg


「天孫の降臨」の段省略

「猿田毘古神と天宇受売命」の段
(現代語訳)
 さてそこで、二二ギノ命がアメノウズメノ命に仰せられるには、「この先導の役に奉仕したサルタピコノ大神は、独りでこの神に立ち向かって、その正体を明らかにして言上した、そなたがお送り申しなさい。またその神の御名は、そなたが負うて、天つ神の御子にお仕え申しなさい」と仰せられた。こうして獲女君たちは、そのサルタピコの男神の名を負うて、女を猨女君と呼ぶことになったのは、こういう事情によるのである。さてそのサルタピコノ神は、阿那珂(あざか)におられるとき、漁をしていて、ひらぶ貝にその手をはさまれて、海水に沈み溺れなさった。それで海の底に沈んでおられるときの名は、底どく御魂といい、その海水が泡粒となって上るときの名は、つぶたつ御魂といい、その泡が裂けるときの名は、あわさく御魂という。
 さてアメノウズメノ命は、サルタピコノ神を送って帰って来て、ただちに大小のあらゆる魚類を追い集めて、「おまえたちは、天つ神の御子の御膳としてお仕え申しあげるか」 と問いただしたとき、多くの魚がみな「お仕え申しましょう」と申しあげた中で、海鼠だけは答えなかった。そこでアメノウズメノ命が海鼠に向かって、「この口は答えない口か」と言って、紐小刀でその口を裂いた。だから今でも海鼠のロは裂けている。こういうわけで、御代ごと
に志麻国から初物の魚介類を献上する時に、獲女君たちに分かち下されるのである。
以上

その神の鼻長は七咫、背長は七尺、目が八咫鏡のように、またホオズキのように照り輝いているという姿であった。
『日本書紀』には、天宇受売神は胸乳を露わにし裳帯(もひも)を臍の下に垂らしたとあるので、性的な所作をもって相対したことになる。神話には書かれていないが、二神が結婚したと民間では伝えられているのは、この記述によるものと考えられる。

「鼻長七咫、背長七尺」という記述から、天狗の原形とされる。「天地を照らす神」ということから、天照大神以前に伊勢で信仰されていた太陽神であったとする説もある。

倭姫命が天照大神を祀るのに相応しい地を求めて諸国を巡っていたとき、猿田彦の子孫である大田命(おおたのみこと)が倭姫命を先導して五十鈴川の川上一帯を献上したとされている。大田命の子孫は宇治土公(うじのつちぎみ)と称し、代々伊勢神宮の玉串大内人に任じられた。

『古事記』の神産みの段において、黄泉から帰還したイザナギが禊をする際、脱ぎ捨てた褌から道俣神(ちまたのかみ)が化生したとしている。この神は、『日本書紀』や『古語拾遺』ではサルタヒコと同神としている。また、本居宣長の『古事記伝』では『延喜式』「道饗祭祝詞」の八衢比古(やちまたひこ)、八衢比売(やちまたひめ)と同神であるとしている。

整理してみる。

1)言葉の忌からは、サ(神稲)ル(の)タ(田)。
猿は元来太陽神とされたが、太陽神は稲田の神とも考えられて、「猿田毘古」と呼ばれたのであろう。
(古事記/次田真幸)

2)記紀神話から、日本の先住人の王だったという説。または天孫族(=天津神=大陸からの渡来民族)と、国津神(=天孫族渡来前の原住民)との仲を取り持った有力豪族の長、という見方もある。

3)「日本書紀」では「衢(ちまた)の神」と記されている。
道の神、道案内の神、旅人の神、出会いの神とされている。
通常、この役目として村の境などに「道祖神」がある地域が多い。道祖神は男女の二像が多く、なかでも猿田彦命と天宇受売命が多い。
160812saru02.jpg


4)神なのに、唯一具体的な姿を見せて人気者(異称が多い)
その神の鼻長は七咫(あた)、背長は七尺、目が八咫鏡のように、またホオズキのように照り輝いている。(日本書紀)
神幸祭や神輿渡御の際、鼻高面を被った猿田彦役の者が先導をする。
160812saru03.jpg


5)庚申信仰において、猿が必ず登場するが、通常主神は青面金剛なのだが、「サル」通じで主神を猿田彦にした庚申塔がある。
160812saru04.jpg



日本の神々記事一覧に飛ぶ



スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

猿田彦と言うと、私にとっては、夏祭り等の本社神輿渡御の際に神輿の前で歩いていることと、伊勢市にある「猿田彦神社」です。

以前に書きましたが、後者に5/5に行ったら、「御田祭」と言うのが行われ、神社のそばの田圃で時代衣裳をつけた人達が田楽囃子にのって田植えを行い、その後、境内に戻って、豊年踊りが踊られました。しかしながら、当時は、まだ、フィルム式カメラ時代でしたので、撮ったのは写真だけです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
伊勢の猿田彦神社に、ぜひ行きたいと
思っていますが、まだ達していません。
猿田彦については、一番初めに食いついた
神様で、愛着があります。
あと、恵比須駅前にある「猿田彦珈琲」も
好きです(笑)
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop