天日槍(あめのひぼこ)/日本の神々の話

20160814

アメノヒボコ(天之日矛、天日槍)は、『古事記』、『日本書紀』に見える新羅の王子。『播磨国風土記』には神として登場する。
『日本書紀』では「天日槍」、『古事記』では「天之日矛」、他文献では「日桙(ひぼこ)」のほか「天日槍命」・「天日桙命」・「海檜槍(あまのひぼこ)」とも表記される。

この神については、伝承が残る地域が広く、例えば谷川健一氏の『青銅の神の足跡』では、細かい字で330ページもある本の半分以上が天日槍に費やされている。
だから、この記事でも全貌を伝えるのは難しいが、私が注目しているのは古代鉄が製造された場所にこの神が祀られていることが多いということ。

渡来人の持参した技術を生かして、実に広範なところを開発していったのは、弘法大師空海と似たようなところがある。

『古事記』では、「応神天皇」の巻、「天之日矛」の段
(現代語訳)
 また昔、新羅の国王の子で、名はアメノヒホコという者がいた。この人がわが国に渡って釆た。
渡来したわけはこうである。新羅の国に一つの沼があって、名は阿具奴摩といった。この沼のほとりに一人の賤の女が昼寝をしていた。このとき太陽の輝きが、虹のように女の陰部を射した。また一人の賤の男がいて、その有様を不審に思って、いつもその女の行動をうかがっていた。するとこの女は、その昼寝をした時から妊娠して、赤い玉を生んだ。そこでその様子をうかがっていた賤の男は、その玉を所望してもらい受け、いつも包んで腰につけていた。
 この男は、田を谷間に作っていた。それで耕作する人夫たちの食料を一頭の牛に負わせて谷の中にはいって行くとき、その国王の子のアメノヒホコに出会った。するとヒホコがその男に尋ねていうには、「どうしておまえは食料を牛に背負わせて谷にはいるのか。おまえはきっとこの牛を殺して食うつもりだろう」といって、すぐその男を捕えて牢屋に入れようとした。その男が答えていうには、「私は牛を殺そうとするのではありません。ただ農夫の食料を運ぶだけです」といった。けれどもヒホコはやはり赦さなかった。そこで男は、その腰につけた赤玉の包みを解いて、その国王の子に贈った。それでアメノヒホコは、その賤の男を赦して、その赤玉を持って釆て、床のそばに置いてぉくと、玉はやがて美しい少女に姿を変えた。それでヒホコは少女と結婚して正妻とした。そしてその少女は、常々いろいろのおいしい料理を用意して、いつもその夫に食べさせた。
ところが、その国王の子は思いあがって妻をののしるので、その女が言うには、「だいたい私は、あなたの妻となるような女ではありません。私の祖先の国に行きます」といって、ただちにひそかに小船に乗って逃げ渡って来て、難波に留まった。これは難波の比売碁曾神社に坐すアカルヒメという神である。
 そこでアメノヒホコは、その妻の逃げたことを聞いて、ただちにその跡を追って海を渡って来て、難波に着こうとしたところ、その海峡の神が行くてをさえぎって難波に入れなかった。それで、またもどって、但馬国に停泊した。ヒホコはそのまま但馬国にとどまり、但馬のマタヲの女のマヘツミという名の人と結婚して、生んだ子がタヂマモロスクである。この人の子はタヂマヒネであり、その子はタヂマヒナラキである。この人の子は、タヂマモリ、次にタヂマヒタカ、次にキヨヒコの三人である。このキヨヒコが、タギマノメヒと結婚して生んだ子が、スガノモロヲ、次に妹のスガクドユラドミである。そして上に述べたタヂマヒタカが、その姪のユラドミと結婚して生んだ子が、葛城のタカヌカヒメノ命である。この人はオキナガタラシヒメノ命の御母である。そして、そのアメノヒホコの持って渡って釆た宝物は、玉つ宝といって珠の緒二連、それから浪を起こす領巾・浪を鎮める領巾、風を起こす領巾・風を鎮める領巾、および沖つ鏡・辺つ鏡、合わせて八種である。これらは伊豆志神社に祭る八座の大神である。

ここで、オキナガタラシヒメノ命というのは神功皇后のことである。
よって、系図に整理すると、このようになる。
160814hiboko01.jpg


天日槍は、皇統の外祖先ということになる。

『日本書紀』では、垂仁天皇3年3月条において新羅王子の天日槍が渡来したと記す。その際に次の7物、羽太の玉(はふとのたま) 1箇、足高の玉(あしたかのたま) 1箇、鵜鹿鹿の赤石の玉(うかかのあかしのたま) 1箇、出石の小刀(いづしのかたな) 1口、 出石の桙(いづしのほこ) 1枝、日鏡(ひのかがみ) 1面、熊の神籬(くまのひもろき) 1具 を持ってきて、これらを但馬国に納め永く神宝としたという。

同条に記された別伝によると、天日槍は初め播磨国に停泊して宍粟邑にいた。これに対し、天皇は大友主(三輪氏祖)と長尾市(倭氏祖)とを播磨に派遣して天日槍の尋問をさせた。この時、天日槍は自分を新羅国王の子であるといい、日本に聖皇がいると聞いたので新羅を弟の知古(ちこ)に任せて自分は日本への帰属を願ってやって来た、と語った。そして次の8物、葉細の珠(はほそのたま)、足高の珠、鵜鹿鹿の赤石の珠、出石の刀子、 出石の槍、日鏡、熊の神籬、胆狭浅の大刀(いささのたち) を献上した。そこで天皇は播磨国宍粟邑と淡路島出浅邑の2邑に天日槍の居住を許したが、天日槍は諸国を遍歴し適地を探すことを願ったので、これを許した。そこで天日槍は、菟道河(宇治川)を遡って近江国吾名邑にしばらくいたのち、近江から若狭国を経て但馬国に至って居住した。近江国鏡村の谷の陶人(すえびと)が天日槍の従者となったのは、これに由来するという。また天日槍は但馬国出島(出石に同じ)の太耳の娘の麻多烏(またお)を娶り、麻多烏との間の子に但馬諸助(もろすく)を儲けた。そしてこの諸助は但馬日楢杵(ひならき)を儲け、日楢杵は清彦(きよひこ)を、清彦は田道間守(たじまもり)を儲けたという。
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田道間守は菓子の神・菓祖として信仰されている。

『播磨国風土記』では、天日槍について次のような地名起源説話が記されている。
これは、先述の谷川健一氏の『青銅の神の足跡』によれば、大国主命(葦原志許乎命)を奉じる出雲族との主として鉄資源を巡る覇権争いと説明されている。(伊和大神と葦原志許乎命(大己貴神)は同神とみなされている。)

○揖保郡揖保里 粒丘条:
客神(外来神)の天日槍命が、韓の国から海を渡って宇頭川(揖保川・林田川の合流点付近か[7])の川辺に着き、当地の長たる葦原志挙乎命に宿所としての土地を求めると、志挙乎は海中に宿ることのみを許した。これを受けて天日槍命は剣で海をかき回し、出来た島に宿った。志挙乎はその霊力に畏れをなし、天日槍命よりも先に国を抑えるべく北上し、粒丘に至って食事を取った。その時に口から飯粒が落ちたため、「粒丘(いいぼおか)」と称されるという。
○宍禾郡比治里 奪谷条:
葦原志許乎命と天日槍命の2神が谷を奪い合ったので、「奪谷(うばいだに)」と称されるという。
○宍禾郡柏野里 伊奈加川条:
葦原志許乎命と天日槍命が土地の占有争いをした時、いななく馬がこの川で2神に遭遇したため「伊奈加川(いなかがわ)」と称されるという。
○宍禾郡雲箇里 波加村条:
伊和大神の国占有の時、天日槍命が先に着き、大神は後から来たが、大神が「対策をはかりも(考えも)しなかったから天日槍命が先に着いたのか」と言ったので「波加村(はかのむら)」と称されるという。
○宍禾郡御方里条:
葦原志許乎命と天日槍命が黒土の志尓嵩(くろつちのしにたけ)に至り、それぞれ黒葛を足に付けて投げた。葦原志許乎命の黒葛のうち1本は但馬気多郡、1本は夜夫郡(養父郡)、1本はこの村に落ちた。そのため「三条(みかた)」と称されるという。一方、天日槍命の黒葛は全て但馬に落ちたので、天日槍命は伊都志(出石)の土地を自分のものとしたという。また別伝として、大神が形見に御杖を村に立てたので「御形(みかた)」と称されるともいう。
○神前郡多駝里 粳岡条:
伊和大神と天日桙命の2神が軍を起こして戦った際、大神の軍が集まって稲をつき、その糠が集まって丘となったが、その箕を落とした糠を墓といい、また「城牟礼山(きむれやま)」というとする。

最後に、現在は、天日槍は個人ではなく、集団であろうとの意見が大方を占めていて、中には一回きりの集団の渡来ではなく、数次にわたる渡来を一つの話としているのだ、と主張する向きもあることを述べておく。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

天日槍、何だか、新羅から来た人の子孫だから偉いのだと言うイメージで、描かれているのですね。ううん、日本書紀や古事記の作者が彼らと関係していたのでしょうか。

それにしても、当時の新羅から来たと言うことは、やはり、暮らしにくかったからだと思いますが、第二次世界大戦後の日本に朝鮮から多数の人達が来ているのと、似ているような感じがします。

matsumo さん

コメントありがとうございます。
古代と二次大戦頃とは全然違うと思います。
古代は、驚くほど朝鮮半島と日本とは往来が
あったようです。
朝鮮で製鉄をするのに、日本から燃料の木材を
運んだという話もあります。
ほんとうに兄弟のような関係だったと思います。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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