伊香具(いかぐ)神社

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鎮座地:滋賀県長浜市木之本町大音688
参拝日:2016年8月2日

青春18キップの旅の初日(8月2日)、敦賀の気比神宮、近江高島の白髭神社、余呉湖の伝承二つの地、乎彌神社・乃弥神社のあと、余呉駅から隣の駅木ノ本に移動して参拝しました。

木ノ本駅を15:14に降りたち、どうしようかと考えた。駅から神社まで2Km。また貸自転車を探そうかとも考えたが、慣れぬ自転車で2ケ所走り回って尻が痛いし、今回は歩きたい気持ちが勝った。

往きは、まあまあ普通に歩いて、そんなに疲れた感じもなく到着。
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背後が賎ヶ岳です。麓にあり、近くに賎ヶ岳への登り口もありました。
400年前の柴田勝家と羽柴秀吉との、「賎ヶ岳の合戦」でよく知られたところで、中でも特に激しかった戦いは、勝家の先鋒佐久間盛正との戦いで、世に言う「賎ヶ岳の七本槍」としてよく知られています。
この神社も、その戦の際に社殿、古記録を焼失したとのこと。

神橋があり、社号標、鳥居が立つ。
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社号標
社格:式内社 近江國伊香郡 伊香具神社 名神大、 旧県社
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この日の旅のいままでの流れからでは、余呉湖の羽衣伝説で、天女と結婚した「伊香刀美」を祀るのが、この神社。伊香刀美と天女の間に生まれた二人の男子「意美志留(おみしる)と那志等美(なしとみ)」を祀っているのが、先ほど参拝した「乎彌神社・乃弥神社」と言う事になります。

「延喜式内社」ですが、近江國は多くて155座もあります。そのうち伊香郡は特に集中して多く当伊香具神社の大社一の他小社45座を数えている。

延喜式神名帳(伊香郡最初のページのみ)
「明神大」なので、重きをなしていたことがわかる。
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上古、当地が未開の湖沼地であった頃、祭神が来て開拓し、その後子孫を守護するために鎮座したといい(『近江輿地志略』)、天武天皇の白鳳10年以前に子孫である伊香宿祢豊厚が社殿を建立したという(『神社由緒記』)。
貞観元年(859年)に従五位上勲八等から従四位下に昇叙され、同8年には従四位上に昇り、延喜の制で名神大社に列した。
菅原道真公は幼小の時この北方にある菅山寺という寺で修業されたこともあってこの伊香具神社を厚く信仰され、自筆の法華経、金光明経を奉納された。また宇多天皇に申し上げて「正一位勲一等大社大名神」の額を賜った。
その後足利尊氏が200石の社領を寄せて正月、5月、9月の各18日に祈祷を行うよう依頼し、浅井氏も庇護を加えたが、賤ヶ岳の戦いの兵火に罹って社殿、古記録を焼失、社領も没収された。
明治8年(1875年)郷社に列し、同32年県社に昇格、同40年には神饌幣帛料供進神社に指定された。

『平成祭データ』によれば、「伊香」と書いて古くは「いかご」あるいは「いかぐ」と発音した。ですから万葉集ではこの背後の山すなわち賊ケ岳連山を「伊香山」と書いて「いかご山」と読ませています。そしてその名は古事記に出てくる火の神「迦具土の神」の徳を受けられたところからきているようで、そのことはこの社のすぐうしろの山の小字名を「かぐ山」とよび、又摂社に有る「意太神社」の御祭神「迦具土の神」となっていることからも証明される。昔からこの神社は「火伏せの神」「防火の神」としての信者が大変多く、特に火をよく使う商売の人々の間にその霊験は大変あらたかといわれてその加護を祈る人があとをたたないそうです。

鳥居
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参道はとても長かった。100m以上はあったと思う。
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入り口
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独特な「伊香鳥居」が迎えます。
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中央の鳥居の形は神明鳥居。
それに、両部鳥居のように稚児柱が付いているが、これが通常四本のところを、倍の八本!
さらに、鳥居左右に三輪鳥居のように脇鳥居が付いている。
境内の説明書きでは、「三輪式と厳島式を組み合わせたのは、このあたりまで入江であった」とされている。
神奈備である香具山を祀る形態が三輪に通じるとしたものだろうか。

手水舎
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一段上がると社殿
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そこに上がる前に、神馬がいる。
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その横に、歌碑があり。
古今和歌集 巻8 離別歌 0373
東の方へまかりける人によみてつかはしける 伊香子厚行
「思へども 身をしわけねば 目に見えぬ 心を君に たぐへてぞやる」
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九世紀の後半当神社の神官で伊香津臣命から第十六代目にあたる伊香厚行という人は、中央政府でも活躍し菅原道真公との親交が有ったそうだ。

石段を上がると、狛犬(年代不明)があり。
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茅葺の拝殿
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社額「伊香具神社」
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本殿は瑞垣に囲まれ、神門があり。
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神門には「伊香大社」の額。
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瑞垣の上から本殿をなんとか覗く。
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各部の彫刻が美しい。
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主祭神は、伊香津臣命
天児屋根命の五世孫(あるいは六代孫)である。
伊香郡に居住した伊香連の祖神であり、伊香連は藤原氏と同祖である。
昔、当地が湖沼地であり、田園もなく、郡や国というものが無い時代、当地を訪れた祭神が、この地を開拓し、祭神名に因んで、伊香郡となったという。
羽衣伝説の、天女と結婚した「伊香刀美」が伊香津臣命であると、思われている。

神紋は「上がり藤」
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瑞垣に囲まれた本殿の左右に摂社がある。
天表春(あめのうわはる)神社(ご祭神:天表春命)と天下春ゅあめのしたはる)神社(ご祭神:天下春命)。
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社殿の右手には、立派な招魂社があり、さらに境内の右手に行くと、蓮池と独鈷水がある。
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蓮池
当時の伊香小江の形状を模した伊香の小江の遺跡だという。
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弘法大師が、独鈷によって掘り出した清水が、独鈷水。
伊香の小江(湖沼)に住む大蛇(あるいは悪龍)を退治して湖を埋め、田を開拓して、独鈷を以って池を穿ちて、大蛇の霊魂を納めたという。
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いまは水が少ないらしいが、中央が濡れているので水は湧いている。
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井から少し離れたところに水汲み場があり。
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近くに、境内社の一ノ宮があるというので、そちらに向いていこうとすると、生糸の説明があった。
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呉の国からやってきた4人の女工が、この地で疲れを癒し、お礼に糸とりの技法を教えたという。
また、独鈷水を用いて製造した生糸は光沢があり、弾力性に富む、当地の産業をなっていたという。
伊香具地区の生糸が名産となったのは、伊香厚行が宮中へ献上したことに端を発するとあった。

また、江戸時代の近江源氏の山武士の住まいが隣接してあった。
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伊香具神社から東へ300mの場所に、一ノ宮神社(天之押雲命)があり、伊香具神社摂社の中での一ノ宮ということらしい。
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さらに、東に少し行くと、一ノ宮神社の御神木であるという白樫が、野神として祀られていた。
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これで、伊香具神社参拝を終えたわけだが、初日、計画どおり予定をクリアした解放感と共に、疲れがドッと出て帰りの道はつらかった。
「往きはヨイヨイ、帰りはツライ」というわけである。
途中で、膝が痛くなってきて、膝が痛いというのは初めての経験だったので、不安になった。
無理をしないよう、休憩しながら2Kmの道を歩き、木ノ本駅から米原を経由して彦根に移動した。
彦根駅に着いたのが18時。
前日の23時10分に東京駅を出てから、実に長い一日が終わった。

二日目は多賀大社、義仲寺に行くので、彦根にホテルを取った。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

確かに慣れないと、自転車ってお尻が痛くなりますよね。私が最後に乗ったのは、確か、北海道の「大沼公園」でだったと思いますが、振動もあり、結構、お尻が痛くなったのを思い出しました。

先日、読んだ歴史関係の本によると、「賎ヶ岳の七本槍」の加増に関する秀吉の文書が残っているのだそうですが、どのような成果があったのか全く書かれていないことから、近臣達を加増するために利用したのではと言う話でした。

独鈷水、あれ、どこかで聞いたようにと思ったら、目黒不動に「独鈷滝」の言うのがあったことを思い出しました。

彦根駅に18時ですか。彦根城に行くには、ちょっと遅い感じですね。駅近くのホテルにお泊まりだと思いますが、寝不足で大変な1日だったと思います。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
ほんとうに、久しぶりの自転車でした。
高校三年間自転車通学だったので、
自信はあったのですが、最初はヨレヨレ
でしたね(笑)
日本全国、弘法大師の伝承がものすごく
多いので、目黒だけでなしに、「独鈷水」
の伝承は他にもあるのではないかと思います。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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