意富比(おおひ)神社(船橋大神宮)(延喜式内社)/千葉県船橋市

20160915

千葉県船橋市宮本5丁目2−1
参拝日:2016年4月19日

もうアップしてあると思いこんでいたこの記事がアップしていないことに、調べたいことがあり照会しようとして、気付いた(汗)
それで、慌ててアップです。済みませんでした。

歴史クラブの「関八州式内社めぐり」で、この日下総国の式内社11社のうち6社に参拝しましたが、蘇我比咩神社、老尾神社、香取神社、麻賀多神社、二宮神社(寒川神社)に続き、この日最後の参拝となります。

社号標
式内社 下總國葛餝郡 意富比神社、旧県社
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社伝によると、景行天皇の御代四十年、皇子・日本武尊東征の途次、船橋湊郷に御到着なされ、東国平定の目的成就を御祈願なされたのを以て創建された。
また、大干ばつで当地方の人々が苦しんでいたので日本武尊が、伊勢神宮を拝祭して征夷と降雨を祈願したところ、忽然と黒雨が降り、人々は歓喜した。
その後、北方の夏見の地に遷され、さらに現在地に遷座。以来、朝廷・将軍家などより御崇敬極めて篤く、
近衛院の時(仁平年間)、船橋六郷の地寄進の院宣を賜り、源義朝は、これを報じて当社を再興した。
この文書には、当社は「船橋伊勢大神宮」と記されていた。
一説には、式内社・意富比神社が存在していた地の近くに伊勢神宮の神領(船橋御厨、夏目御厨とも)が設定されて神明宮が創建され、後に、意富比神社と神明宮が合体したのが当社であるという説もある。
初出の文献は、平安中期の『日本三代実録』貞観5年(863)の記事で、「下総国憲富比神」とあります。これは、船橋市域に関する文献として最古のものです。また平安中期の格式ある神社を記した『延喜式』(えんぎしき)の「神名帳」(じんみようちょう)にも、下総国11社の中に「意富比神社」として載せられています。
この意富比の語義と神格について古くは、「大炊」で食物神とする説があり、戦後は古代豪族オホ氏の氏神とする説などが出されました。その後、意富比の古い読みは「おほひ」であり、上代特殊仮名遣いの上から「日」は「比」等で表され、「火」は「肥」等で表される点を考慮し、さらに歴史的にみても意富比神社が古くから太陽信仰と深い関係をもっていたことを考察に加えて、意富比神は「大日神」すなわち「偉大な太陽神」が原義であるとする説(三橋健「意富比神考」)が登場します。つまり中世から幕末までは-般に「船橋神明」と称され、主祭神を天照皇大御神とする意富比神社も、原初は古代のこの地方最大の太陽神であったとするもので、現時点では最有力な説となっています。

ちなみに、江戸名所図会には「船橋 意富日神社」と書きこまれている。
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一の鳥居
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真っ直ぐな参道が続く。
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二の鳥居の前に、明治14年奉納の狛犬があり。
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その先の両側には、大きな寛政6年(1794)奉納の大灯篭があり。
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手水舎
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遥拝所
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拝殿
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本殿は、瑞垣の外から辛うじて遠望できるだけ。
拝殿の横から遠望。
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なんとかズームで、これだけ撮れた。
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御祭神:天照坐皇大御神
配祀:萬幡豊秋津姫命、天手力雄命

当社の神紋は「八咫の鏡」ということで、大変珍しいのだが、残念なことに確認はできなかった。

境内には沢山の境内社が祀られていた。

○大鳥神社(日本武命)
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○天之御柱宮(伊勢神宮の「心御柱」に相当する存在と思われる)
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○豊受姫神社(外宮)
御祭神の豊受大神は、伊勢豊受大神宮(外宮)に御祀りされ、天照皇大御神のお食事を司られる神様で、五穀豊穣と衣食住の守り神様。
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お食い初めに使う歯固め石が、こちらに用意してあった。
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○八雲神社
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明治4年奉納の狛犬
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社殿
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○水天宮(天御中主神、安徳天皇、建礼門院、二位の尼)
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○稲荷神社
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○古峯神社(日本武尊)・秋葉神社(火之迦具土大神)
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○金刀比羅社(大物主命)
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○十社宮(2つの社殿で構成)というが、16社あり。
天神社・天満宮、安房神社・玉前神社、鹿島神社・香取神社、春日神社・祓所神社、住吉神社・岩島神社、多賀神社(伊弉諾尊・伊弉冉尊)・客人神社(市杵島姫命・田心姫命・湍津姫)命・道祖神社・龍神社・竈神社(玉依姫命・神功皇后・応神天皇)・八幡神社
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岩島神社というのが分からず悩んだが、岩島(地名)に祀られている「諏訪神社」のことか、「厳島神社」の厳島を簡略字で表わしたもののどちらからしい。

○猿田比古神社石碑
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○三峯神社(伊弉諾尊・伊弉册尊)
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○産霊神社(高皇産霊神・神皇産霊神)・水神社、大国主神社・事代主神社、大山祗神社・阿夫利神社(大山祇神)、岩長姫神社・祈年穀神社、根神社(面足尊・惶根尊・素盞嗚尊・猿田彦神)・粟島神社(淡島神)
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○舟玉神社(弟橘比売命)
社が船の上に載っている。
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神楽殿
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八劔神社・八幡神社の神輿奉安殿
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境内に隣接している丘には、「灯明台」(千葉県有形民俗文化財)がある。
境内東方の丘に立てられている木造瓦葺きの灯台は3階建てで高さ12m程あります。
3階の灯室は、洋風の灯台の様式を採り入れた六角形で、ひときわ目を惹きます。
明治13年(1880)、地元の漁業関係者によって建設されました。普段は非公開ですが、正月三が日は公開されます。
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脇の参道入り口には、ずいぶんと高い東郷平八郎揮毫の社号標があった。
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これで当社の参拝を終え、無事にこの日の予定6社に参拝でき、満足して帰途についた。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なるほど、「お食い初め」とか、「歯固め石」とか言う、赤ん坊の健康を祈る行事があったのですね。全く知りませんでした。調べてみると、一般的には、お宮参りの時に神社から授かるみたいですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
うちの娘二人ともお宮参りはしましたが、
そういうことはカミさんがやっていたと
思うので、まったく記憶にありませんね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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