宗像三女神/多紀理毘売命・多岐都比売命・市寸島比売命

20160918

宗像大社(福岡県宗像市)に祀られている三柱の女神の総称である。
宗像神(むなかたのかみ)、道主貴(みちぬしのむち)とも呼ばれる。

『古事記』では、化生した順に以下の三神としている。
沖ノ島の沖津宮:多紀理毘売命(たきりびめ)、別名 奥津島比売命(おきつしまひめ)
大島の中津宮:市寸島比売命(いちきしまひめ)、別名 狭依毘売(さよりびめ)
宗像本土・田島の辺津宮(へつみや):田寸津比売命(たぎつひめ)

一方、『日本書紀』本文では以下のようになっている。
沖津宮 - 田心姫(たごりひめ)神
中津宮 - 湍津姫(たぎつひめ)神
辺津宮 - 市杵嶋姫(いちきしまひめ)神

古事記においては、誓約において、天照御大神が須佐之男命(すさのを)の十拳剣を譲り受けて生んだとされており、須佐之男命の物実(ものざね)から化生したので須佐之男命の子としている。 『日本書紀』については本文と一書で天照大神と素戔嗚尊の誓約の内容が多少異なる。

『日本書紀』には、宗像三女神が「道主貴(みちぬしのむち)」、すなわち国民のあらゆる道を導く最も尊い神として崇敬を受けたことが記されている。「貴」とは最も高貴な神に贈られる尊称で、道主貴(宗像三女神)以外には、伊勢神宮の大日靈貴(おおひるめのむち、=天照大神)、出雲大社の大己貴(おおなむち、=大国主命)のみである。
このことから、宗像三女神が皇室をはじめ人々から、いかに篤い崇敬を受けられていたかがうかがえる。これは、宗像から大陸への海路は中央政権にとっても大切な道であり、歴代天皇のまつりごとを助ける宗像三女神が、中央政権と強く結びついた国家神であったともいえる。

この三女神は、後世の『西海道風土記』 によると、天降った時、まず埼門山(さきとやま)に降り、青い玉を奥津宮 (現在の宗像郡の北西海上の沖の島)、紫玉を中津宮(宗像郡の海上の大島)、八爬の鏡を辺津宮 (宗像郡玄海町田島) に、それぞれ自分の象徴とし、神体として、三宮に納め、身を隠したという。

沖ノ島から出土した遺品8万点が全て国宝となり、いかに古代において沖ノ島が国家祭祀の中心であったことが窺える。
朝鮮への海上交通の平安を守護する玄界灘の神として、大和朝廷によって古くから重視された神々である。ムナカタの表記は、『記・紀』では胸形・胸肩・宗形の文字で表している。

『古事記』に「この三柱の神は、胸形君等のもち拝(いつ)く三前(みまえ)の大神なり」とあり、胸形氏ら海人集団の祭る神であった。それが、朝鮮半島との緊密化により、土着神、地方神であった三神が5世紀以降国家神として祭られるようになったと思われる。

宗像三女神を祀る、主な神社
・宗像大社 - 福岡県宗像市田島鎮座 総本社
・厳島神社 - 広島県廿日市市厳島鎮座 総本社 安芸国一宮
・江島神社 - 神奈川県藤沢市江の島鎮座


○多紀理毘売命・田心姫神
宗像大社では、「田心姫神」として沖津宮に祀られている。

『古事記』の大国主命の系譜では、多紀理毘売命は大国主命との間に阿遅鉏高日子根神(あぢすきたかひこね・味耜高彦根神)と下照姫(したてるひめ)を生んだと記されている。

神名の「タキリ」は海上の霧(きり)のこととも、「滾(たぎ)り」(水が激しく流れる)の意で天の安河の早瀬のこととも解釈される。日本書紀の「タゴリ」は「タギリ」が転じたものである。

この女神を単独で祀る神社は少なく、宗像三女神の一柱として各地の宗像神社・厳島神社などで、また、天照大神(あまてらす)と素戔嗚尊(須佐之男命・すさのを)の誓約で生まれた五男三女神とともに各地の八王子神社などで祀られている。

○田寸津比売命・湍津姫神
宗像大社では、「湍津姫神」として中津宮に祀られている。

『先代旧事本紀』には、後に大己貴神に嫁ぎ、八重事代主神と高照光姫命を生んだと記されている。

神名の「タギツ」は「滾(たぎ)つ」(水が激しく流れる)の意で、天の安河の早瀬のことと解釈される。

タギツヒメを単独で祀る神社は少なく、宗像三女神の一柱として各地の宗像神社・厳島神社などで、また、アマテラスとスサノオの誓約で生まれた五男三女神とともに各地の八王子神社などで祀られている

○市寸島比売命・市杵嶋姫神
現在の宗像大社では、『日本書紀』本文のとおり、辺津宮の祭神としている。

『日本書紀』本文では3番目に、第二の一書では最初に生まれたとしており、第三の一書では最初に生まれた瀛津嶋姫(おきつしまびめ)の別名が市杵嶋姫であるとしている。現在宗像大社では、辺津宮の祭神としている。
また市杵島神社では、「市杵島姫命は天照大神の子で、皇孫邇邇芸命が降臨に際し、養育係として付き添い、邇邇芸命を立派に生育させたことから、子守の神さま、子供の守護神として、崇敬されているという。」という説明板がある。

神名の「イチキシマ」は「斎き島」のことで、「イチキシマヒメ」は神に斎く島の女性(女神)という意味になる。辺津宮は陸上にある宮であり、その意味では、中津宮・沖津宮の祭神とする『記紀』の記述の方が神名の由来に近いことになる。厳島神社(広島県廿日市市)の祭神ともなっており、「イツクシマ」という社名も「イチキシマ」が転じたものとされている。

宗像三女神の一柱として各地の宗像神社・厳島神社などで、また、天照大神(あまてらす)と素戔嗚尊(須佐之男命・すさのを)の誓約で生まれた五男三女神とともに各地の八王子神社などで祀られている。

後に仏教の弁才天と習合し、本地垂迹において同神とされた。
そのため、弁才天を祀っていた神仏習合のお宮は、明治になってからたいていは祭神を市杵島姫命としている。

市杵島姫神は鎌倉時代に行勝上人により厳島神社から勧請され丹生都比売神社の主祭神のうち第四殿の祭神となった。
丹生都比売神社 : 和歌山県伊都郡かつらぎ町鎮座 総本社

市杵島姫神は中津島姫命の別名とされ大山咋神と供に松尾大社の主祭神である。
松尾大社 : 京都市西京区鎮座 総本社



日本の神々記事一覧に飛ぶ



スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

沖ノ島って、世界遺産に登録されるのだったら、開放とまでは言いませんが、例えば、船で100m位までの所に近づけるとか、あるいは、お宮のある場所のみは上陸できるとかにして欲しいですね。

また、掘り出したものは国宝や重要文化財になっているとのことですが、これも、資料館等で、まとめて、公開して欲しいものです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私もつい最近知ったのですが、確かに沖ノ島には
普段は神官一人しか住んでいなくて、入るのは
難しいのですが、年に一度宗像大社の祭礼の日は
希望者は沖ノ島に入れます。
入る際には、全裸で海に入って禊をしなければ
いけませんが(笑)
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop