蛟蝄(みずち)神社((延喜式内社)/茨城県北相馬郡利根町

20161011

鎮座地:
門宮:茨城県北相馬郡利根町大字立木2184
奥宮:茨城県北相馬郡利根町大字立木882
(門宮/本宮と奥宮が離れて別の場所にある。)

参拝日: 2016年9月23日

下総国式内社参拝は、前回6社に参拝し、この日残る5社に参拝しましたが、茂侶(もろ)神社に続き当社に参拝しました。

最初に、門宮に参拝。
朱の両部鳥居が迎える。
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鳥居近くに、二つの説明があり。
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社格等:式内社 下總國相馬郡 蛟蝄神社、旧郷社
由緒(神社HPから)
蛟蝄神社の始まりは、約2300年前(紀元前288年)に現在の門の宮(かどのみや)の場所に水の神様の罔象女大神を祀ったのが始まりといわれています。平安時代 (698年)に土の神様の埴山姫大神を合祀(ごうし)し、水害や民家が近いという理由で詳しい年代は分かっておりませんが社殿を東の高台 (現在の奥の宮)に神社を建てました。門の宮を取り壊すはずでしたが氏子崇敬者の声が上がり、御祭神の御魂(みたま)を分祀し門の宮にお祀り致しました。明治42年(1909年)に立木地区にあった「八坂神社(やさかじんじゃ)」「天神社(てんじんじゃ)」「稲荷神社(いなりじんじゃ)」「八幡神社(はちまんじんじゃ)」を合祀して現在もなお一層の御神徳(ごしんとく)をもって下総國相馬の郷を見守っておられます。

当社の社名は一般的には「こうもう神社と親しまれておりますが、ご祈祷のときの祝詞奏上では蛟蝄神社は「みつちのかむやしろ」と申し上げております。

逸話1 「立木」「文間」の名前の由来
日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征(とうせい)のために蛟蝄神社で祈願をしたという言い伝えがあります。そのとき文馬(かざりうま=綺麗に装飾した馬)を木に繋いだということから蛟蝄神社のある地区を「立木(たつぎ)」(たづなをきにつなぐ→たづなき→たつぎ)、神社のある地域を「文間(もんま)」(文馬→文間)と呼ぶようになりました。

慶長三年(1598)に社殿が増修され、同九年(1604)徳川家康が五十石を寄進した。享保元年(1716)神位正一位に昇進、当社への崇敬を深くした。
明治四年(1871)郷社に列した。

「みずち」について:
蛟だけでもミズチと読む。古くはミツチと清音(ミは水、ツは助詞、チは水の霊の意)。
想像上の動物で蛇に似た龍の一種で四足を持つ。水を好み、大水を起こすと云う。

石段を上がると、手水舎。
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拝殿
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向拝柱にかかる注連縄がすごい。
房が密になり垂れさがっている。
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花頭窓がある、珍しい拝殿だ。
神仏習合の痕跡であろう。
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社額は「相馬群一宮 蛟蝄神社」とある。
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拝殿内部
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本殿
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側面の彫刻がすごい。
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ご祭神と神紋については、奥宮のところで、述べます。

貝塚の上に建っているため、そちこちに貝殻が露出している。
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境内社だが、鳥居をくぐった先の石段の両側にあり。

○猿田彦大神
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○大黒天
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更に、社殿の裏手にあり。
明治42年(1909年)に立木地区にあった、「八坂神社」「天神社」「稲荷神社」「八幡神社」を合祀したもの。
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続いて、そこから歩いて10分くらいで「奥の宮」に参拝。
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これが社号標だと思います。
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ここから、真っ直ぐ石段を上がる。
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石段を上がりきると鳥居。
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鳥居にかかる社額に、たくさんのハートが(笑)
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しかし、この鳥居は江戸時代のものなので、ハートではなく「猪の目」という模様なんですよね。
これは猪の目に似ているところからの呼称。
奈良時代の遺物にもみられ、さらに古墳時代の倒卵形鐔にもこの文様があり、最も歴史の古い文様の一つだそうです。
四方を睨む魔除けとして お城や神社仏閣などの建築物、門扉などに意匠されたようです。
東京大神宮には300個以上の猪目があるらしい。

手水舎
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嘉永5年(1852)奉納の狛犬
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拝殿
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向拝柱にかかる注連縄が、やはりすごい。
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拝殿に上げていただき、宮司さんの説明を受けました。

拝殿の天井には、龍の天井画があり、よくお寺では見られるが、神社では珍しい。
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これは、「ミズチ」が龍の一種ということからであろう。

境内の石碑にも、龍が刻まれている。
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拝殿内部
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ご御祭神:
新たに古文書の記述が発見され、当社の相殿神に句句廻馳大神(くくのちのおおかみ)・軻遇突知大神(かぐつちのおおかみ)・金山彦大神(かなやまひこのおおかみ)の3神が配祀されていることが判明したので、相殿神としたそうです。

主祭神:
罔象女大神(みつはのめのおおかみ)  生命の源である水をつかさどる女神様

相殿神:
埴山姫大神(はにやまひめのおおかみ) 土木工事や土すべてをつかさどる女神様
句句廻馳大神(くくのちのおおかみ) 自然界の樹木や木すべてをつかさどる神様
軻遇突知大神(かぐつちのおおかみ) 鍛冶や温泉など火すべてをつかさどる神様
金山彦大神(かなやまひこのおおかみ) 鉱山や技工など金属すべてをつかさどる神様
倉稲魂大神(うかのみたまのおおかみ) お稲荷さんと親しまれている商売繁盛の神様
素戔嗚尊(すさのをのみこと) やまたのおろちを退治した厄難除けの神様
菅原道真公(すがわらのみちざねこう) 秀才であったことから栄進出世・学問の神様
誉田別大神(ほんだわけのおおかみ) 八幡大神ともいわれている国家鎮護の神様

神紋は「右三つ巴」と「五三の桐」
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本殿
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これで、当社の参拝を終え、続いて常総市の「桑原神社」に向かいました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ここの注連縄、面白いですね。竹の棒を藁で覆って、前垂れを付けた形で。このような形のものは初めて見ました。

この神社、貝塚の上に建てられたとのことですが、地図を見ると、かなり内陸のようですね。ううん、大昔はこの辺りまで海の水が来ていた? それとも、海から煮た貝を運んで来た? のどちらかだと思うのですが。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私も、このような注連縄は初めて見ました。
宮司さんの話では、茨城県や長野県にも
あるようです。
古代には、この辺まで海が入り込んでいたようですね。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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