佐倉(国立歴史民俗博物館、佐倉城址、武家屋敷)探訪

20161119

10月12日(水)に歴史クラブの秋季定例見学会で訪ねました。
46名の参加で、電車で移動しました。京成佐倉駅に10時半に到着。
まずは歩いて10分ほどの、国立歴史民俗博物館を見学です。

入り口から夢少し登ったところに、臼杵石仏のレプリカがあり。
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【国立歴史民俗博物館】
全景の写真を撮らなかったので、公式HPから写真を借用しました。
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入場チケット
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入場して記念写真を撮ってから集合までの、昼食を含めての自由時間が3時間。
6つの室に分かれているが、一つの室をきちんと見たら2時間はかかります。
見たかった「民俗」の室はリニューアルに入ったため、来年の4月以降に再訪する予定。

ここでは、6月の下見のときにじっくり見た「中世」と、10月本番のときの「近世」を載せておきます。
全部が面白かったので、載せたいところだが、膨大なものになってしまうので、ほんの一部だけ載せておきます。

■中世
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宮廷の模型。狛犬の発祥「鎮子(ちんす)」がある。
鎮子:几帳などが風にあおられないよう、押さえるもの
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「乎己止点図」が面白かった。
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徳川家康が使用した印刷の活字
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武士の館
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洛中洛外図屏風
特に市中の様子が面白い。
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洛中洛外図をジオラマにしたもの
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「海東諸国紀」と「籌海図編」
書き込まれている日本の地域名がメチャクチャで面白い。
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1632年、マテアスが作った地球儀。
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織田信長の楽市令制札
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「高尾観楓図屏風」
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茶売り
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春日社の田楽
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浦嶋明神縁起絵巻
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■近世
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江戸図屏風
川越が描かれている。
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朝鮮通信使
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輸出品
生糸
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鮫皮加工品
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海産物
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須弥山世界
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算木
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のぞきからくり
「時代屋の女房」を思い出す。
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アイヌの着物「チカルカルベ」
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蝦夷国魚場風俗図鑑
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早竹虎吉の軽業
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養蚕技術の輸出
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奉納算額
「天地明察」に刺激されて、川越にある算額を探して歩いたことがある。
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平田国学
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村芝居の世界
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阿波人形
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百姓一揆の作法(夢の浮橋)
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国立歴史民俗博物館の見学を終え、その時間帯のなかで、レストランなどで昼食も済ませており、集合後佐倉城跡を見学。
時間の関係で、歩きながら見る、といった感じだったので、下見のときの写真も併せて載せておきます。

【佐倉城址】
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佐倉城は、鹿島山の西端部に築かれ、西側と南側を囲みこむように鹿島川とそれに合流する高崎川が流れ北側には印旛沼に至る低湿地が広がっていた。 戦国時代、本佐倉城主千葉親胤が大叔父にあたる鹿島幹胤に命じて築城を開始したが、親胤が暗殺されたために工事は中止され、千葉邦胤の代にも工事が試みられたものの今度も邦胤の暗殺によって完成することはなかった。だが、いつしか築城予定地には鹿島親幹にちなんで「鹿島台」と呼ばれるようになったという。

※千葉親胤は暗殺された当時、反北条氏的な立場であったらしく、暗殺劇の裏には北条氏と、千葉氏筆頭家臣で実力的には千葉氏を抑えていた原氏らの意向が伺える。

※千葉邦胤の暗殺のキッカケは「屁コキ事件」。天正十三(1585)年正月、邦胤が本佐倉城内に家臣を迎えての新年の宴を催した。その最中に配膳役の桑田万五郎が、役目の最中に二度に渡って屁を放った。当然、邦胤が怒ったが、万五郎は自然現象と開き直った。激怒した邦胤は万五郎を蹴り倒し、謹慎にした。万五郎はこの時の遺恨が忘れられず、ついに寝所に忍び入り、邦胤を二太刀斬り付けたという。結局万五郎は城下で自刃(あるいは斬殺)となり、邦胤も数日後にこの傷が元で死去してしまった。

1610年(慶長15年)に、徳川家康の命を受けた土井利勝によって築城が再開され、ついに佐倉城が完成した。江戸時代は佐倉藩の藩庁が置かれた。城主は江戸幕府の要職に就くことが多く、なおかつ初期は城主の入れ替わりが多かった。

江戸初期に城主であった堀田正信(後に改易されている)の弟・堀田正俊の孫・堀田正亮が11万石で再入封(後期堀田氏ともいう)してからは、堀田家が安定した藩の経営を行った。なかでも、幕末期の藩主・堀田正睦(ほった まさよし)は、日本を開国に導いた開明的な老中として有名である。

城郭は石垣を一切用いず、干拓以前の広大だった印旛沼を外堀の一部にし、三重櫓(御三階櫓)を天守の代用としている。 明治維新後に廃城令により建物のほとんどが撤去された。その後帝国陸軍歩兵第2連隊、後に歩兵第57連隊(通称・佐倉連隊)の駐屯地となった。

1962年(昭和37年)3月28日に市の史跡に指定され、現在跡地は佐倉城址公園として整備されている。城の北西端に国立歴史民俗博物館が建っており、東端には出土遺物や明治初期撮影の城門・櫓の古写真、城の模型が展示され、日本100名城スタンプが置かれた佐倉城址公園センター(佐倉城址公園管理センター)がある。
本丸、二の丸、三の丸やさらにその外縁部の椎木曲輪、天神曲輪などの多くの郭の形状が広大かつ良好に残る。また、巨大な馬出空堀や天守跡、銅櫓跡の土塁形状や水堀に守られた西出丸、南出丸の形状なども良好に残っている。

博物館のすぐ横にある、巨大な「馬出し空堀」
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本丸跡への入り口に立つ「堀田正睦とタウンゼント・ハリス」の像
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少し進むと、正岡子規の句碑がある。
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深い空堀
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一の門跡
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広大な本丸跡
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土塁が高い
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本丸跡の土塁にある、「夫婦モッコク」
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雑木林の中を行く。
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三の門跡
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極めて幅の広い空堀
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佐倉城は、普通の大きな城に見られるような、石垣と水堀は無いが、高い土塁と広大な空堀に守られた良い城であることがわかった。

佐倉城址を後にして、少し歩き「ひよどり坂」に向かった。

【ひよどり坂】
急坂の両側を深い竹林が囲んでいて、とても良い坂なので、あえてコースに入れた。
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【武家屋敷通り】
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例えば、金沢の武家屋敷町は、石垣と土壁で通りと隔て、家は瓦葺きなのに対して、
佐倉の武家屋敷は、通りには土塁を築きその上に生垣を設け、家は茅葺だったりして、全く趣の違うものである。
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三軒の武家屋敷が公開されている。
時間の関係で、中に入らなかった。
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但馬家住宅
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くらやみ坂
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河原家住宅
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静かな空間だ。
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児玉源太郎が住んでいた。
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これで、武家屋敷の見学を終え、この日の予定は終了。
旧商家町を通って、駅に向かった。

旧佐倉町道路元標と佐倉藩高札場跡
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佐倉市立美術館
レトロな建物部分は、旧川崎銀行佐倉支店(千葉県指定有形文化財)です。
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街灯もいいですね。
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京成佐倉駅に帰りつき、この日の見学会は終了。
まだまだ、佐倉には行きたいところが沢山ある。
再訪を期しています。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

国立歴史民俗博物館って、邪馬台国論争における放射性炭素年代測定による捏造と言うべき発表から、私にとってはいかがわしい博物館と言うイメージだったのですが、上記を読ませていただいた感じでは、結構、まともな感じですね。ただし、何だか、実物よりレプリカや模型が多い感じですね。

また、佐倉に武家屋敷群や江戸時代初期に金属製活字があったこと、初めて知りました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
この博物館は、毎年正月に干支にちなむフォーラムを
開催しているので、親しみを持っています。
私は民俗にかなり関心があるので、貴重な博物館です。
佐倉の町は、とても好感の持てる城下町ですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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