那牟羅彦神(なむらひこがみ)・那牟羅姫神(なむらひめがみ)/日本の神々の話

20161218

この神は、「天日槍」について調べていて、岡谷公二氏の『神社の起源と古代朝鮮』にて知った。

滋賀県蒲生郡竜王町綾戸にある苗村神社の祭神である。
『近江蒲生郡志(大正11・1922)』によれば、
*「苗村神社は苗村大字綾戸に鎮座す。延喜式神名帳本郡十一座中の「長寸神社」にして、鎮座年代は上古に属す。那牟羅彦神(ナムラヒコ)・那牟羅姫神(ナムラヒメ)・国狭槌尊(クニノサツチ)を祭神とす。
*『日本書紀』の垂仁紀3年3月の新羅王子天日槍(アメノヒホコ)来朝の条に、「天日槍は宇治川を遡って、近江国の吾名邑(アナムラ)に入って暫く住んだ。また近江より若狭国を経て、西のかた但馬国に至りて即ち住処を定めた」とあるが、吾名邑は後に那牟羅(ナムラ)と略称され、長寸の假字を用ひ、其他(地の誤記か)の主神たるにより長寸神社と称し、やがて神名帳に加列されたり。
*長寸神社は苗村の字を用ひしは何れの時代に始まりしや詳ならず。現存の史料にては明徳2年(1391・北朝年号)の鐘銘を最古とす」という。
*「両神は、当地方に初めて工芸技術・産業を伝え広められた産土の神で、夫婦和合・諸願成就の神として、古来より篤く尊崇申しあげる祖神」という。

当地に新羅王子・天日槍の伝承があり、近くに須恵・弓削・鏡などの古地名があったことから、造陶・造鏡などの工芸技術を有する渡来系の人々の居住が推測され、そのような人たちが、自分らの祖としての天日槍夫婦を祀ったとも考えられるという(式内社調査報告)。

ということで、那牟羅彦神・那牟羅姫神の両神は、(吾名邑=那牟羅=苗村)に住んだ渡来系の人々の神であり、それは天日槍夫妻であると考えられている。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

古代朝鮮ですか。昨日(12/18)、偶然、NHK-TVを観ていたら、「麗しの郷里 はるか ~埼玉県 日高市~」と番組をやっており、そこで、高麗郡の話が取り上げられていました。

http://www.nhk.or.jp/kotabi-blog/100/259240.html

確か、四季歩さんもこの話題、取り上げられていたのを思い出しました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
今年は高麗郡建郡1300年ということで、
ずいぶんと盛り上がったんですよ。
記念事業体も出来たので、これからも
渡来人の里ということで、続くと思います。
渡来人の歴史を探っていくのも、とても
面白いです。
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Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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