立連日男命(たちはやひをのみこと)・速経和気命(はやふわけのみこと)/日本の神々の話

20161228

この神には歴史クラブの「関八州式内社めぐり」で、常陸太田市里野宮町の「薩都(さと)神社」にて参拝しました。
ここのご祭神が立連日男命(別名が速経和気命)でした。

この神は、『常陸国風土記』にしか登場しない天津神です。
立連日男命は、松沢(現在の瑞竜町)の松の木に降臨されたが、そのあたりは人家に近く、不浄であったため、神は村人に厳しく崇り、一方里人はその厳しい崇りを畏れ、延暦7年(788)に社を建てて祀った。
朝廷は片岡の大連を派遣し、高い山の清浄なところに移るよう奏上したところ、神はその願いをお聞き入れになり、延暦19年(800)、賀毘礼(かびれ)の峰(現在の日立市入四間町)にお移りになった。
しかし、賀毘礼の峰は険しく、参拝するのが困難なため、大同元年(806)に、現在の鎮座地の近くに遷座された。永正年間(1500年ごろ)以降、里川沿岸の佐都郷給33か村の総鎮守として広く信仰され、大永2年(1522)に現在地に移された、とあります。

『常陸国風土記』の記述は:
此より北に薩都の里あり。
古、國栖(くず)あり。名を土雲といふ。
ここに、兎上命(うなかみのみこと)、兵を發して誅ひ滅しき。
時に、能く殺して、「福(さち)なるかも」と言へりき。
因りて佐都(さつ)と名づく。
北の山に有らゆる白土は、畫に塗るべし。
東の大き山を、賀毘禮の高峯と謂ふ。
即ち天つ神有す。名を立速男命と稱ふ。一名を速経和気命なり。
本、天より降りて、即ち松澤の松の樹の八俣の上に坐しき。
神の祟、甚だ厳しく、人あり、向きて大小便を行る時は、災を示し、
疾苦を到さしめければ、近く側に居む人、毎に甚く辛苦みて、
状を具べて朝に請ひましき。
片岡の大連を遣はして、敬ひ祭らしむるに、祈みてまをししく、
「今、此處に坐せば、百姓近く家して、朝夕に穢臭はし。理、坐すべからず。
宜、避り移りて、高山の浄き境に鎮まりますべし」とまをしき。
是に、神、祷告を聴きて、遂に賀毘禮の峯に登りましき。
其の社は、石を以ちて垣と為し・・・

まず、薩都の地名の由来の話だが、討伐した兎上命に関しては他の書物にはなく、時代も出自も不詳であるが、隣接した千葉県北部には古代、海上国(うなかみのくに、菟上とも書く)と呼ばれた地域があり、それと関連があるのではないかと言われている。
土雲というのは、古代日本における、天皇への恭順を表明しない土着の豪傑などに対する蔑称であるから、ちょっとやりきれない話である。

立連日男命であるが、先着天孫である男性太陽神「饒速日」とも音が近く、なにか関係があるのかもしれない。
要は、天より降りて人に祟ったということであるから、「速日」についてよく言われるように、隕石が降ってきた遠い記憶にもとづくものかも知れない。それと鉱毒が関係しているかもしれない。



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