中山道・板橋宿(その三)

20170110

歴史クラブの行事として、10月24日に「近藤勇墓所」から「縁切り榎」まで歩きました。
その後12月21日に個人で「縁切り榎」から「荒川・戸田の渡し」まで歩きました。前回の記事「その二」で南蔵院まで記事にしていますので、その続きです。

南蔵院から中山道を歩き出します。国道17号線の区間。
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日本橋から13Km地点を通過。
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志村一里塚に到着。
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【志村一里塚】
この区間には平尾(日本橋から2里目)と志村(同3里目)に一里塚が存在しましたが、志村のみが取り壊されずに残り、明治に改まり55年後の大正11年(1922)3月に国の史跡に指定されました。
現在全国では17か所の一里塚が国史跡に指定されているそうです。
もともと志村一里塚は中山道からやや離れた位置に築かれていたため、拡幅工事によって移動したり、削ったりはしていないそうです。
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東一里塚(江戸方面から見る)
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江戸に向かって見た一里塚
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銀杏の木も立派
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西一里塚(江戸からきて左側)
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立派な石標
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三代目だそうですが、立派な榎です。
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左右の一里塚が綺麗に残っている。
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板橋十景の一つです。
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志村一里塚から戸田の渡しまでのマップ
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志村坂上の交差点で、旧中山道は国道17号線と分かれ、左に入っていきます。
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少し行くと、「清水坂」の石標あり。
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【清水坂】
清水坂が大きく屈曲しているため、中山道で唯一右側に富士山が見える場所。

大きく左に坂がカーブしている。
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今日は晴天で、家を出るとき富士山が綺麗に見えていたので期待していましたが・・・・!?
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樹とか家が密集していて、今は富士山が見えなくなっている(泣)

道沿いの高いところに上がって見たが、駄目でした(泣)
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富士山が見える所がないか、ウロウロしていたが、下に降りてしまった。
清水坂を振り返る。
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清水坂の案内
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あの高いマンションなら、富士山の眺めは良いだろうな(羨)
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旧中山道は、清水坂を下りると大きくカーブして、国道17号線に戻る。

埼京線のガードをくぐると、前方に車が見えているのが国道17号線。
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旧道は国道17号線を突っ切ります。
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ここから国道17号線を100mほど戻って「薬師の泉」に寄ります。
歩道を渡った先の右手の森が薬師の泉。
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【薬師の泉】
薬師の泉庭園は、青雲大善庵主(俗名善左衛門、永正10年卒)が創建した大善寺のもと境内で、境内に湧き出す清水が良く、徳川吉宗が大善寺に立ち寄った際には、清水を誉めて、大善寺の本尊薬師如来を「清水薬師」と命名したといいます。大善寺は、昭和初期に総泉寺に併合、当地は総泉寺亀山荘庭園として築造されたものの戦中戦後にかけて荒廃、平成元年板橋区が整備、薬師の泉庭園として開園したといいます。

江戸名所図会「清水薬師 清水坂」
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入り口
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案内
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全景
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すごい木賊だった。
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泉は綺麗な水が湧いていた。
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旧中山道と国道17号線が交差しているのは、環八との交差点。
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環八との交差点で、国道17号線より一本脇の道が旧中山道。大きく弧を描いて、また国道17号線に戻る。
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国道17号線に戻ります。トラックが見えているのが国道17号線。
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また国道17号線を歩いていきます。
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日本橋から15Km
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新河岸川にかかる志村橋に到着
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ここまで下ってくると新河岸川も立派な川ですね。
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「舟渡」交差点に差しかかります。
もう目の前に荒川土手が見えていますが、ここを右折して、中山道と一時離れて「浮間ケ池」を見に行きます。
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浮間公園に到着
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【浮間公園】
自由蛇行していた荒川の一部が残る河跡湖を都立公園に整備した。
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浮間公園から真っ直ぐ、荒川の土手に向かいます。
土手を歩いて中山道に戻ろうというものです。
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土手を上がる。
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中山道のある川上方面
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川下方面
見えている建物は、川口市だと思う。
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東京都側の河原は広くて、ゴルフ場になっている。
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中山道に近づくと、並行している新幹線と埼京線の電車が頻繁に通る。
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【戸田橋】
中山道(国道17号線)に戻った。戸田橋である。
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戸田橋と並行して新幹線の橋が架かっている。
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下流側の歩道からは新幹線の橋が邪魔して見通しが悪い。
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新幹線が通過
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戸田橋は519mあり、長かった。
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上流側の歩道を少し戻り、荒川の上流を眺めた。
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戸田の渡船場跡を探す。
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渡船場跡の碑を川岸近くで探したが見つからず、往生(泣)
川岸で休んだ。下流を眺める。
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休んでいると、船が遡って来たが、何と水上スキーだ。
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探していた渡船場跡の碑は、土手より下の場所にあった。
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【戸田の渡し跡】
 この荒川には江戸防衛の意から橋は架けられず、人々はここを越えるには船による渡しに頼らざるを得ませんでした。これが中山道 戸田の渡しです。江戸日本橋を出て最初の宿駅である板橋宿と、次の蕨宿の間にあり、交通の要衝でもありました。
この渡しは、資料によると天正年中(1575~91)よりあったとされ、その重要性は近世を通じて変わらなかったといいます。渡船場の管理は下戸田村が行っており、天保13年(1842)では家数46軒、人口226人でした。その中には、組頭(渡船場の支配人)1人、船頭8年、小揚人足31人がいました。船の数は、寛保2年(1742)に3艘だったが100年後の天保13年には13艘に増えています。
明治8年(1875)5月には木橋の戸田橋がついに完成、「戸田の渡し」が廃止となりました。
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蕨宿の絵になるが、『木曾街道 蕨之驛 戸田川渡場』
天保6- 8年(1835-1837年)、渓斎英泉 画
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江戸名所図会「戸田川渡口 羽黒権現宮」
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渡船場跡の碑の下の道に水神社があったので、お参り。

【戸田の水神社】
創立など詳しいことはわからないが、正面の「水神宮」の碑には寛政八年(1769)の銘がある。
古くは荒川の端にあったもので、新堤防ができてから移され、川岸に住む人々の氏神様になっているようだ。
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境内の正面には、「水神宮」や「船玉大明神」(船の守り神)と刻まれた大きな石碑が鎮座している。また、「山王大神」や、茨城県の大杉神社から勧請した「大杉大神」(航海安全の神)などの石碑も合祀されている。
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今回の中山道歩きは、これで完了としました。
板橋宿として、「近藤勇墓所」から「戸田橋」まで歩きました。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

志村一里塚の辺り、何回か行ったことがありますが、四季歩さんも撮られた古い民家(商家)、良いですよね!

「薬師の泉庭園」も中々、良い所ですよね。でも、あそこの泉、まだ、水が湧いていたとは思ってもみませんでした。

「浮間公園」はもう10回以上、行っています。ここは春の八重桜の時期が最も好きです。この時期はツツジの花も咲いていますし。また、ここ、昨年12月に東京写真連盟によるモデル撮影会が行われました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
志村一里塚から荒川までは、とても楽しかったです。
特に「浮間公園」にはびっくりしました。
さくら草もあるし、あの辺には何度も遊びに
行ける感じでした。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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