佐久津彦命(さくつひこのみこと)/日本の神々の話

20170118

『先代旧事本紀』、『但馬故事記』では、瓊々杵尊の天孫降臨に先だって、饒速日命が天津国より天降っているが、そのとき随行した神である。

『但馬故事記』では、このように書かれている。
「天照国照彦櫛玉饒速日天火明命は、天照大神の勅を奉じ、外祖高皇産霊神より十種瑞宝(奥津鏡・辺津鏡・八握剣・生玉・死去玉・足玉・道反玉・蛇比礼・蜂比礼・品物比礼)を授かり、妃天道姫命と与(とも)に、坂戸天物部命・二田天物部命・嶋戸天物部命・両槻天物部命・垂樋天物部命・天磐船長命・天船山命・天楫取部命・稲年饒穂命・長饒穂命・佐久津彦命・佐々宇良毘売命・佐々宇良毘古命・佐伎津彦命等を率い、天磐船に乗り真名井原に降り、豊受姫命より五穀蚕桑の種子を穫て射狭那子獄に就き、真名井を堀り、稲の水種や麦菽黍粟の陸種を為べくこれを国の長田・狭田に植え昼夜生井・栄井の水を灌ぐ。すなわち、其の秋瑞穂の稲の可美稲野面に充ち狭し。
(以下略)

このときの饒速日尊命の巡回コースは以下のようなものであったらしい。
「田庭の比地真名井原(丹波国与謝郡)-但馬国美伊(美方郡香美町香住区三川)-小田井(豊岡市小田井)-佐々前(ささくま 豊岡市日高町佐田)-屋岡(養父市八鹿町八鹿)-比地(朝来市和田山町比治)-田庭津国(丹波)-河内国いかるが峰」

『国司文書 但馬故事記』第一巻・気多郡故事記冒頭に、最初に登場するのは、佐々原とここ佐久宮(佐久神社)である。
(口語訳)
天照国照彦天火明命(あまてるくにてるひこ あめのほあかりのみこと)は大巳貴命(おおなむちのみこと)の勅を奉じ、両槻天物部命の子・佐久津彦命をして佐々原を開かしむ。
佐久津彦命は篠生原(しのいくはら)に御津井を掘り、水を灌(そそ)ぎ、御田を作りました。後の世に、その地を名づけて、佐田稲生原(さたいないはら)と云います。いまの佐田伊原と称している気多郡佐々前(ささくま)村がこれです。
佐久津彦命は、佐久宮に住まわれました。天火明命の行幸や祭礼などのときのお供をされる神である、天磐船長命(あめのいわふねのおさのみこと)は、磐船宮に住まわれました。
天磐船長命は、天磐樟船命(あめのいわくすふねのみこと)の子です。
佐久津彦命は、鳴戸天物部命の娘、佐々宇良姫命を妻にし、佐伎津彦命・佐久田彦命を生みました。
佐伎津彦命は佐々前の県主(あがたぬし)となりました。

ここに登場する「佐久宮」だが、兵庫県豊岡市日高町佐田に鎮座する「佐久神社」が比定され、当地は和名抄にある「氣多郡樂前郷佐々乃久萬」の地と推定され、佐々乃久萬が「佐久」と変化し社名となったようだ。

よって、但馬国氣多郡樂前(ささくまI郷に住んだ、饒速日命を奉じる氏族の祖先神ということであろう。



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