田子山富士塚/埼玉県志木市

20170122

所在地:埼玉県志木市本町2-9 敷島神社境内
参拝日:2017年1月18日

この富士塚のことは、歴史クラブのM会長に教えていただき、資料もいただいていました。
登れるのは、大安と友引の日に限られているということなので、行く日を考えていて、
この日、天気も良くて富士山がよく見えるだろうという事で訪ねました。

敷島神社に到着。鳥居の向こうに富士塚がありました。
170122tagofuji01.jpg


近づくと、その大きさに圧倒されました。
170122tagofuji02.jpg


保存会の方が4、5名居られて、資料をいただき簡単な説明もしていただいた。

築造の由来:
幕末時代、引又宿に醤油醸造業を営み富士信仰に篤い、高須庄吉と言う人がいました。高須氏が夢のお告げに従って田子山塚に参詣したところ、「逆修」の板碑を発見しました。
この逆修板碑は、室町時代初めの暦応3年(1340)、廻国の僧(又は館村の僧)、 十瀧房承海(じゅうりゅうぼうじょうかい)が富士山入定に先立ち建立したものでした。
富士山を篤く信仰する高須氏はこれにいたく感激し、田子山塚の上にミニ富士山(富士塚) を築造する決心をし、同士を募り、築造期間:明治2年10月〜明治5年6月にて 農閑期を中心に作業が進められ完成しました。
この工事には多くの寄進や労力奉仕が寄せられ、数多くある石造物には寄進者合計2416名の名前 が刻まれています。

大きさ:
高さ: 約9m
麓(ふもと)の円周: 約125m
斜度39度の丸味のある方形をした築山

特長
1.この塚の規模はもちろん、石造物の数と種類、細工は他の富士塚と比較しても並外れて優れており、 当時の引又宿の経済力と近在の人々の富士山信仰への思い入れをうかがい知ることができると共に、 貴重な文化財です。
2.石造物には、神道・仏教・修験道など、多くの系統のものが混在しており、日本人の伝統的宗教観が 良く現れています。
3. 「富士塚」としての6要件すべてを満足している富士塚は、極めて稀です。
1.「山頂に祠」があること。
2.「烏帽子岩」があること。
3.「小御嶽神社」があること。
4.富士山の溶岩「黒ぼく」があること。
5.「御胎内」(地下洞穴)があること。
6.「霊峰富士を遥拝」できること。

4.中世の富士信仰の遺物があります。
高須庄吉が発見した「逆修の板碑」は暦応三年(1340)のものであり、 中世の富士信仰遺物として極めて貴重なもので、浅間下社の御神体として祀られています。
浅間下社の外壁には、木花開耶姫・白糸の滝・食行身禄のレリーフが彫り込まれています。

「田子山富士塚」は平成18年3月に志木市として 初めて「埼玉県の有形民俗文化財」に指定されました。 国指定文化財となっている他の富士塚と比較しても遜色ない、すばらしい「お宝」です。

「志木市内の富士信仰」について:
1.かつて、志木市内には富士信仰に篤い人たちがたくさん居り、 「田子山富士」の「丸吉講」以外にも、上宗岡の「浅間神社」を中心に、 「丸藤講」がありました。
2.宗岡丸藤講では、明治13年に「羽根倉富士嶽」を築造しました。
3.宗岡丸藤講の第八代先達「日行星山」(本名:星野勘蔵)は、 篤い富士信仰に基づき「救世済民」を実践すると共に、富士山に70回余り登拝し、 明治25年には富士山麓(富士吉田市)に「吉田胎内」を開基しました。
4.この「吉田胎内」は、昭和4年に国の「天然記念物」に指定され、 平成25年に「富士山」が「世界文化遺産」に登録された時、 「吉田胎内樹型」として世界遺産の構成資産の一つになりました。
5.志木市の先人が開基した「吉田胎内樹型」が「世界遺産」に指定されたことで、 志木市民の誇りとなっている。

とにかく、この富士塚の全体図を見たときに、石碑の多さに圧倒される。
170122tagofuji03.jpg


この富士塚の特徴として、登山道が富士吉田口と同じように北側に設けられている。

入り口の左右には親子唐獅子が獅子山の形で迎える。
170122tagofuji04.jpg


【親子唐獅子】
170122tagofuji05.jpg


170122tagofuji06.jpg


石灯篭
全部で14基あり。
170122tagofuji07.jpg


【琴比羅神社】
170122tagofuji08.jpg


【浅間下社】
170122tagofuji09.jpg


170122tagofuji10.jpg


石祠の三面には、富士山に縁の深いものの彫刻があり。
木花開耶姫
170122tagofuji11.jpg


食行身禄
170122tagofuji12.jpg


もう一つの「白糸の滝」は撮るのに失敗。また訪れたときに撮ります。

石祠の中には、十瀧房承海の逆修板碑がご神体として納められている。
170122tagofuji13.jpg


この日求めた「田子山富士のナゾ」という小冊子に、「田子山塚」が『武蔵野話』に書かれているとあったので、帰宅後調べてみました。
私が持っている『武蔵野話』は、江戸時代に発刊された原本でなく、大正12年に鳥居竜蔵博士が復刊したものを、再復刊されたものである。

『武蔵野話』に書かれている文章
170122tagofuji14.jpg


170122tagofuji15.jpg


板碑の図
170122tagofuji16.jpg


引又村全体の図
170122tagofuji17.jpg


「田子山塚」周辺
170122tagofuji18.jpg


【金山大権現】
170122tagofuji19.jpg


【「是より登山ミち」碑】
170122tagofuji20.jpg


【親子猿】
富士山は孝安天皇庚申(かのえさる)の年に出現したと伝えられており、富士塚には猿の石像が多く見られます。
170122tagofuji21.jpg


【雲切不動尊】
170122tagofuji22.jpg


【天狗坐像】
170122tagofuji23.jpg


一合目の合目石のところに、御座石浅間神社と鈴原社の石碑があり。
このことから、この登山道は富士吉田登山道に忠実に作られていることがわかる。
170122tagofuji24.jpg


【御座石浅間神社】
四合五勺にあったが、スバルラインの開通で五合目までの道は寂れてしまい、今は存在しない。
170122tagofuji25.jpg


【一ノ岳鈴原神社】
一合目にはこの鈴原社跡の建物があり、1840年代に建てられたものだそうで、16世紀には鈴原社という名前でこの地に社があったことがわかっています。
ここで奉られていたのが大日如来で、富士山の神様、浅間大菩薩の本地仏とされている。
ここで安置されていた大日如来像は現在富士吉田市の上吉田の御師のお宅に安置されているそうです。
170122tagofuji26.jpg


【「是よりびわの滝道」碑】
170122tagofuji27.jpg


【小室浅間神社】
170122tagofuji28.jpg


奥宮が二合目にあるのだが、その下宮である「富士山下宮小室(おむろ)浅間神社」に参拝したことがある。
以下の4点によりとても素晴らしい神社であった。
・流鏑馬が神事となっている
・神の依り代の鏡の受け台がなんとも美しい富士山である。
・大塔宮護良親王の首塚がある。
・境内に富士溶岩流の原形がある。

その記事を読む


【経ケ岳】
富士山五合五勺、日蓮が1269年に富士登山を行ない、法華経を埋納した伝説の残ることから経ヶ岳(経ヶ嶽)と呼ばれる場所
170122tagofuji29.jpg


玉垣には当時の花形歌舞伎役者の名がある。
170122tagofuji30.jpg


碑文は、池上本門寺60代住職によるもの。
170122tagofuji31.jpg


頂上を仰ぐ
170122tagofuji32.jpg


【中宮】
富士吉田登山道の五合目直下には「中宮(ちゅうぐう)」呼ばれる場所があります。富士山の中腹に祀られた「中宮三社」からそう呼称されていました。また、ここには「中宮役場」があり、「山役銭(やまやくせん)」という122文の入山料を回収する場所でもありました。入山料は登山前の御師によるご祈祷代や、杖の代金、役行者堂での護摩代や、九合目にあった石垣の橋の修繕費などの費用に充てられていました。
富士守稲荷、大日社、浅間社をお祀りしていた「中宮三社」のお社がありました。
武田信玄は娘が病気をした際に、この中宮に願文を出したとされ、信玄も信仰していた神社でもありました。

不二森稲荷神社
170122tagofuji33.jpg


中宮祠
170122tagofuji34.jpg


【泉ケ滝】
富士山で水の得られる数少ない場所で、小御嶽神社参道途中にもあたり、参詣時に道者が水垢離(みずごり=水行)をした。
170122tagofuji35.jpg


【小御嶽神社】
170122tagofuji36.jpg


【亀磐蓬莱山八大龍王神】
170122tagofuji37.jpg


【烏帽子岩】
170122tagofuji38.jpg


頂上に到着

【陰陽石】
170122tagofuji39.jpg


奥宮
170122tagofuji40.jpg


富士山がどこに見えるか探しました。
奥宮が富士山に向いていました。当然か(笑)
170122tagofuji41.jpg


非常に薄っすらだが、茶色の建物のところに見えているのを発見(嬉)
170122tagofuji42.jpg


170122tagofuji43.jpg


170122tagofuji44.jpg


下に降りてから、保存会の副会長さんに綺麗に見えている時の写真を見せていただいた。
170122tagofuji45.jpg


170122tagofuji46.jpg


ここの富士塚からは、今でもちゃんと富士山が見えるのを知って嬉しかった。

こんどは富士塚の下から、斜面にある神社や石碑を確認していきます。
170122tagofuji47.jpg


【日本建命】
170122tagofuji48.jpg


【田子士峰之記】
170122tagofuji49.jpg


【御中道大願成就碑】
右に「宝永山」碑があり。
170122tagofuji50.jpg


【諸神祭祀碑】
170122tagofuji51.jpg


【石神坐像】
170122tagofuji52.jpg


170122tagofuji53.jpg


【志木富士祠修築之碑】
170122tagofuji54.jpg


【是より御胎内道】
170122tagofuji55.jpg


御胎内道にも狛犬が侍っている。
170122tagofuji56.jpg


松尾神社脇から富士塚を見上げる。
170122tagofuji57.jpg


【松尾神社】
ご存知、お酒の神様。
170122tagofuji58.jpg


170122tagofuji59.jpg


【太子像】
170122tagofuji60.jpg


【阿夫利神社】
170122tagofuji61.jpg


【ラブラブツリー】
白い木が女性、黒い木が男性。仲睦まじい男女に見えることから、ラブラブツリーと呼ばれ、縁結びや安産・子宝の御利益があるそうです。
170122tagofuji62.jpg


【御胎内】
170122tagofuji63.jpg


170122tagofuji64.jpg


【住吉社】
170122tagofuji65.jpg


ラブラブツリーと登山道の間に色々な石仏があり。
170122tagofuji66.jpg


【不動明王】
不動明王の眷属、矜迦羅(こんがら)童子と制叱迦(せいたか)童子。
170122tagofuji67.jpg


170122tagofuji68.jpg


不動明王
170122tagofuji69.jpg


【高尾山烏天狗】
170122tagofuji70.jpg


【秋葉山烏天狗】
170122tagofuji71.jpg


【黒(くろ)ボクの山】
黒ボクとは、本物の富士山から持ってきた溶岩のことで、北側の斜面に驚くほど大量に見ることができる。
これほど多くの黒ボクを、車も鉄道もない時代に富士山から運んできたことに、敬服の念を覚える。
170122tagofuji72.jpg


これで富士塚全体を見終わったが、素晴らしい富士塚だったこと、保存会の皆さんが大事に守っていることに感謝しました。
それから、1月だったので注連縄や御幣が新しくて、とても気持ち良く見て回れました。
この後、敷島神社とその境内社にお参りして、ここを後にし付近の史跡を見て回りました。



「お気に入りの場所」に飛ぶ



スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

立派な富士塚ですね! 頂上の祠の所に注連縄があるのは初めて見ました。保存会の方々が頑張っていらっしゃるのですね。

石造物がものすごく多いみたいですが、おそらく、近辺の開発で邪魔になったものも入っているのでしょうね。

それにしても、富士講って、江戸時代に盛んになったような気がしますが、この富士塚もそうですが、実際は明治以降に盛んになったようです。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
江戸時代も、残っている浮世絵などを見ると、
とても盛んだったようです。
特に江戸時代は女性が富士山に登れなかった
のが大きいと思います。
明治になってからの富士塚も多いですよね。
明治維新の先行き不透明な混乱の時代、
富士講というコミュニティはある程度
大きな存在だったかもしれません。
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop