日吉大社(前編)

20170327

鎮座地:滋賀県大津市坂本5−1−1
参拝日:2017年3月22日

青春18キップでの京都と奈良の神社めぐりの最初に訪れたのがここ。
JR比叡山坂本駅から歩いてきて二つ目の鳥居と社号標がある。
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ここから先の両側には、比叡山の僧が高齢となり隠居所として賜った里坊が並ぶ。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
じっくりと見たいところだが、残念ながら通り過ぎる。
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赤鳥居
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社号標
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日吉大社(ひよしたいしゃ)は、滋賀県大津市坂本にある神社。式内社(名神大社)、旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。

全国に約2,000社ある日吉・日枝・山王神社の総本社である。通称として山王権現とも呼ばれる。猿を神の使いとする。西本宮と東本宮を中心とする400,000m2の境内は国の史跡に指定される。社名の「日吉」はかつては「ひえ」と読んだが、第二次世界大戦後は「ひよし」を正式の読みとしている。

文献では、『古事記』に「大山咋神、亦の名を山末之大主神。此の神は近淡海国の日枝の山に坐し」とあるのが初見だが、これは、日吉大社の東本宮の祭神・大山咋神について記したものである[2]。日枝の山(ひえのやま)とは後の比叡山のことである。日吉大社は、崇神天皇7年に、日枝山の山頂から現在の地に移されたという。

また、日吉大社の東本宮は、本来、牛尾山(八王子山)山頂の磐座を挟んだ2社(牛尾神社・三宮神社)のうち、牛尾神社の里宮として、崇神天皇7年に創祀されたものとも伝えられている。なお、三宮神社に対する里宮は樹下神社である。

西本宮の祭神・大己貴神については、近江京遷都の翌年である天智天皇7年、大津京鎮護のため大神神社の神が勧請されたという。以降、元々の神である大山咋神よりも大己貴神の方が上位とみなされるようになり、「大宮」と呼ばれた。

平安京遷都により、当社が京の鬼門に当たることから、鬼門除け・災難除けの社として崇敬されるようになった。神階としては、元慶4年、西本宮の祭神が、寿永2年、東本宮の祭神が、それぞれ正一位に叙せられた。『延喜式神名帳』では名神大社に列格し、さらに長暦3年、二十二社の一社ともなった。

最澄が比叡山上に延暦寺を建立し、比叡山の地主神である当社を、天台宗・延暦寺の守護神として崇敬した。中国の天台宗の本山である天台山国清寺で祀られていた山王元弼真君にならって山王権現と呼ばれるようになった。延暦寺では、山王権現に対する信仰と天台宗の教えを結びつけて山王神道を説いた。中世に比叡山の僧兵が強訴のために担ぎ出したみこしは日吉大社のものである。天台宗が全国に広がる過程で、日吉社も全国に勧請・創建され、現代の天台教学が成立するまでに、与えた影響は大きいとされる。

元亀2年(1571年)、織田信長の比叡山焼き討ちにより日吉大社も灰燼に帰した。現在見られる建造物は安土桃山時代以降、天正14年(1586年)から再建されたものである。信長の死後、豊臣秀吉と徳川家康は山王信仰が篤く、特に秀吉は、当社の復興に尽力した。これは、秀吉の幼名を「日吉丸」といい、あだ名が「猿」であることから、当社を特別な神社と考えたためである。

明治に入ると神仏分離令により、仏教色が廃された。また、本来の形に戻すとして、東本宮と西本宮の祭神を入れ替えて西本宮の大山咋神を主祭神とし、大物主神を祀る東本宮は摂社・大神神社に格下げした。明治4年、官幣大社となった。昭和3年、東本宮・西本宮ともに官幣大社となり、元の形に復した。

境内図
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なにしろ日吉大社の境内は広く、最初から牛尾山(八王子山)山頂の磐座(金大巌)・牛尾宮・三宮宮はあきらめたので、残念だが完璧に参拝はできていない。

最初に西本宮に参拝し、東本宮に向かって順番に参拝していった。
整理して載せてはいないので、それぞれの社の山王二十一社での位置づけは、Wikipediaで参照をお願いする。

Wikipediaの「日吉大社」を見る


【中七社 摂社早尾神社】
境内入口の石段上にある。
苔むしており、すごく登り難い石段だった。
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社殿
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ご祭神は素盞嗚神。
残念ながら、お留守だった。
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【重要文化財 大宮橋】
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走井橋から眺めた大宮橋
木造橋の形式をそのまま用いている。
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【重要文化財 走井橋】
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走井橋そばの走井祓殿社
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走井祓殿社のところの巨杉の枝がえらいことになっていた(驚)
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山王鳥居が見えてきました。
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〇猿塚
山王鳥居の手前に、「猿塚」と呼ばれる大きな石組がある。この写真の右側に映っているもの。
これは古墳の石室の蓋が露出したもので、境内には約70基もの古墳が確認されており、「日吉古墳群」として遺跡に指定されている。
出土品から6世紀中頃から後半と推定されるが、この古墳の穴は唐崎(日吉大社ゆかりの湖岸)まで通じていることや神様のお使いの神猿さんが年老いて自身の死期を悟ったときに、自ら猿塚の中へ入っていくという伝説があるそうです。
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〇山王鳥居
私には、赤坂の日枝神社でおなじみだが、これがオリジナルのもの。
別名、合掌鳥居と云い、笠木の上の部分が合掌を意味し、神仏混合の状態をあらわす。
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〇神馬舎
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【神猿舎】
ちょうど係の人が掃除中でした。
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猿は古くから境内で飼われており、既に室町時代の記録にも登場します。江戸時代の絵図等には「猿飼所」「猿厩」が記されている。

山王さまの神使としての猿は、「神猿(まさる)」と云われ、「魔が去る」、「勝る」に通じるとして大事にされている。

あとで覗くと、一匹いた。
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西本宮楼門の前に、二つの磐座がある。

〇山王霊石「祇園石」
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〇山王霊石「大威徳石」
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【西本宮】

手水舎
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〇楼門 重要文化財
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「暮股」と呼ばれる楼門二階部分の正面にも3匹の神猿さんが、松の木の上で遊ぶように楽しげな装飾が施されている。
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西本宮楼門の軒下四隅には、それぞれ違ったポーズの神猿さんがお参りに訪れる方々を見守っています。
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楼門の左右には、奉納された酒樽が積まれている。
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〇西本宮拝殿 重要文化財 安土桃山時代の建立
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拝殿の正面に掲げられているのは、丸山応挙の高弟、長澤芦雪が描いた親子の「猿図」の絵馬。
寛政4年(1792)奉納。
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西本宮本殿の正面に向かって左側の「竹臺」
伝教大師が中国の天台山から持ち帰った竹を植えたもの。
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〇西本宮本殿
桁行五間・梁間三間・檜皮葺の日吉造。
織田信長の比叡山焼き打ち(1571)で焼失後、天正14年(1586)再建、慶長2年(1597)改造。
東西本宮の本殿は、日吉造という独特の構造である。
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回廊には神殿型木造獅子狛犬が侍る。
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正面扉
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背面の屋根にのみ庇が無いのが、日吉造の特徴。
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檜皮葺が厚い。
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ご祭神は大己貴神(大国主神に同じ)

神紋は、「牡丹」
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〇下七社 末社竈殿社
ご祭神:奥津彦神・奥津姫神
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【上七社 摂社宇佐宮】
創建時から675年までは西本宮に夫とされる「大己貴神」と共に祀られていたようです。
「宇佐宮」の名は、大分県の宇佐神宮のご祭神が応神天皇、神功皇后、比売大神(宗像三女神)であることから名づけられたようです。
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参道には、赤い灯篭が並ぶ。
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〇宇佐宮拝殿 重要文化財
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〇摂社宇佐宮本殿
西本宮本殿、東本宮本殿と同様、屋根は日吉造である。
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回廊には神殿型木造獅子狛犬が侍る。
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本殿正面
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ご祭神は、田心姫神(たごりひめ)
宗像三神の長女(宗像大社・沖津宮に祀られている)
大国主神との間に鴨族の祖、迦毛大御神とよばれる阿遅鉏高日子根神(あじすきたかひこね)と下照姫神(したてるひめ)を生む。

神紋は「流水三つ巴」と「橘」
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〇下七社 末社気比社
ご祭神は仲哀天皇
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〇末社宇佐竈殿社
ご祭神:奥津彦神・奥津姫神
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〇中七社 末社宇佐若宮
ご祭神は、下照姫神(宇佐宮の娘)
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日吉大社(後半)の記事を見る



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おお、やはり、四季歩さんは詳細に撮られていらっしゃいますね。私の場合は、秋の紅葉の撮影に行ったので、お堂と紅葉と言う構図がメインでしたので、四季歩さんの撮られた写真を見て、あれ、そんな末社や石、彫刻があったのだと思いました。加えて、西本宮と東本宮とか、本殿が2つもあるなんて思いませんでしたし。

それにしても、朝、早いせいか、参拝客、少ないみたいですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
朝早いといいですね。
人が少なくて、気持ちがいいです。
matsumoさんは、自然を撮っています
からね。
花とか、紅葉とか。
私はいつも慰められています。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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