天宇受賣命(あめのうずめのみこと)/日本の神々の話

20170402

『古事記』、『日本書紀』など日本神話に登場する女神。
一説に別名「宮比神」(みやびのかみ)、「大宮能売命 」(おおみやのめのみこと)。
稲荷三座の一座である佐田彦大神を猿田彦と考えて、 同じく稲荷大神三座の一座である大宮売神を、天宇受売命の別名とする説があり、 宮比神として祀られる場合も多い。
『古事記』では天宇受賣命、『日本書紀』では天鈿女命と表記する。

東京都府中の大國魂神社境内・宮乃咩神社、三峯神社境内・猿田彦神社、島根県熊野大社境内・伊邪那美神社、京都の大田神社にて参拝した。

『古事記』では「天岩戸」の場面、「天孫降臨」の場面、「猿田彦と天宇受賣命」の話に登場する。

『古事記』の「天照大御神と須佐之男命」の巻、「天の石屋戸」の段
岩戸隠れで天照大神が天岩戸に隠れて世界が暗闇になったとき、神々は大いに困り、天の安河に集まって会議をした。思兼神の発案により、岩戸の前で様々な儀式を行った。
その一環として、天宇受売命が、天の香具山の日陰蔓を襷にかけ、眞拆鬘を髪に擬い、天の香具山の笹の葉を束ねて手に持ち、天の石屋戸の前に桶を伏せてこれを踏み鳴らし、神がかりして、胸乳をかき出だし裳の紐を陰部までおし下げた。すると、高天原が鳴りとどろくばかりに、八百万の神々がどっといっせいに笑った。
 そこで天照大御神はふしぎに思われて、天の石屋戸を細めに開けて、中から仰せられるには、「私がここにこもっているので、天上界は自然に暗闇となり、また葦原中国もすべて暗黒であろうと思うのに、どういうわけで天宇受売は舞楽をし、また八百万の神々はみな笑っているのだろう」と仰せられた。そこで天宇受売が申すには、「あなた様にもまさる貴い神がおいでになりますので、喜び笑って歌舞しております」と申しあげた。こう申す間に、天兒屋命と布刀玉命と布刀玉命が、その八咫鏡をさし出して、天照大御神にお見せ申しあげるとき、天照大御神がいよいよふしぎにお思いになって、そろそろと石屋戸から出て鏡の中をのぞかれるときに、戸の側に隠れ立っていた天手力男神が、大御神の御手を取って外に引き出し申した。ただちに布刀玉命が、注連縄を大御神の後ろに引き渡して、「この縄から内にもどっておはいりになることはできません」と申しあげた。こうして天照大御神がお出ましになると、高天原も葦原中国も自然に太陽が照り、明るくなった。

『古事記』の「邇邇芸命」の巻、「猿田毘古神」の段
天孫降臨の際、邇邇芸命(ににぎのみこと)が、天降りなさろうとするときに、天から降る道の辻にいて、上は高天原を照らし、下は葦原中国を照らしている神がいた。そこで、天照大御神と高木神の仰せによって、天宇受賣神に命じて、「あなたはか弱い女であるが、向き合った神に対して、気おくれせず圧倒できる神である。だから、あなた一人で行ってその神に向って、『天つ神の御子の天降りする道に、そのように出ているのはだれか』と尋ねなさい」と仰せになった。それで天宇受賣神が問いただされたとき、その神が答えて申すに、「私は国つ神で、名は猿田毘古神と申します。私がここに出ているわけは「天つ神の御子が天降っておいでになる、と聞きましたので、ご先導の役にお仕えいたそうと思って、お迎えに参っております」 と申し上げた。

『古事記』の「邇邇芸命」の巻、「猿田毘古神と天宇受賣命」の段
 さてそこで、邇邇芸命が天宇受賣命に仰せられるには、「この先導の役に奉仕した 猿田毘古大神は、独りでこの神に立ち向かって、その正体を明らかにして言上した、そなたがお送り申しなさい。またその神の御名は、そなたが負うて、天つ神の御子にお仕え申しなさい」と仰せられた。こうして猨女君(さるめのきみ)たちは、その猿田毘古の男神の名を負うて、女を猨女君と呼ぶことになったのは、こういう事情によるのである。さてその猿田毘古神は、阿耶訶(あざか)におられるとき、漁をしていて、ひらぶ貝にその手をはさまれて、海水に沈み溺れなさった。それで海の底に沈んでおられるときの名は、底どく御魂といい、その海水が泡粒となって上るときの名は、つぶたつ御魂といい、その泡が裂けるときの名は、あわさく御魂という。
 さて天宇受賣命は、猿田毘古神を送って帰って来て、ただちに大小のあらゆる魚類を追い集めて、「おまえたちは、天つ神の御子の御膳としてお仕え申しあげるか」 と問いただしたとき、多くの魚がみな 「お仕え申しましょう」 と申しあげた中で、海鼠(なまこ)だけは答えなかった。そこで天宇受賣命が海鼠に向かって、「この口は答えない口か」と言って、紐小刀でその口を裂いた。だから今でも海鼠の口は裂けている。こういうわけで、御代ごとに志麻国から初物の魚介類を献上する時に、獲女君たちに分かち下されるのである。


猿女君・稗田氏の祖とされ、稗田氏の氏神である賣太神社では、芸能の始祖神、福の神、おたふく、おかめ、等と称すると伝わる。
芸能・技芸全般の神として信仰されており、千代神社(滋賀県彦根市)、芸能神社(京都市右京区)、椿大神社(三重県鈴鹿市)、鈿女神社(長野県北安曇郡松川村)などで祀られている。
鈿女神社は地元で「おかめ様」として崇められており、最寄駅の大糸線北細野駅は信濃鉄道の駅として開業した際「おかめ前駅」と呼ばれていた。国営化に当たって改称。
天孫降臨の地、高千穂より天の岩戸が飛来したと伝えられる長野県の戸隠神社には天の岩戸開神話に功績のあった神々(天手力雄命・天八意思兼命)が祀られており、そのうちの一社、火之御子社には天鈿女命が祀られている。また、岩戸開神話に基づいた神楽が古来より受け継がれている。
宮崎県西臼杵郡の高千穂町には、アメノウズメがサルタヒコと結婚した場、荒立宮の後と伝わる荒立神社があり、国際結婚・安産の神として、ウズメとサルタヒコが神体となっている。

村境や道路の分岐点などに立てられる道祖神は、サルタヒコとアメノウズメであるともされる。

「天孫降臨」の場面
170401uzume01.jpg


道祖神
170401uzume02.jpg



日本の神々記事一覧に飛ぶ



スポンサーサイト

コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

以前に書いたような気もしますが、茅野駅より、「寒天蔵」巡りをした際、「宮川寒天蔵」のそばに「鈿女神社」があり、お参りしました。また、このそばには「貧乏神神社」もありますが、こちらは縁起が悪いので行きませんでした。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
貧乏神神社、興味を持ったので、
ネットで調べてみました。
棒で叩く、豆を投げつける、
など乱暴な感じですね。
私も、近づきたくないと思いました(笑)
非公開コメント
プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
FC2カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード

Pagetop