山城国一之宮・賀茂別雷神社(通称上賀茂神社)

20170403

鎮座地:京都府京都市北区上賀茂本山339
参拝日:2017年3月22日

青春18キップの旅の初日、日吉大社に参拝し、京都に入り地下鉄「北山」駅から歩いて、まず大田神社に参拝してから、当社に着いた。

一の鳥居
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社号標
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式内社(名神大社)、山城国一宮。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)、通称は上賀茂神社(かみがもじんじゃ)。
ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録されている。

京都最古の歴史を有する一社であり、かってこの地を支配していた古代氏族「賀茂氏」の氏神を祀る神社として、賀茂御祖神社(下鴨神社)とともに賀茂神社(賀茂社)と総称される。賀茂社は奈良時代には既に強大な勢力を誇り、平安遷都後は皇城の鎮護社として、京都という都市の形成に深く関わってきた。賀茂神社両社の祭事である賀茂祭(通称 葵祭)で有名である。

ご祭神:賀茂別雷大神 (かもわけいかづちのおおかみ)
賀茂氏の祖神。「別雷」は「若雷」の意味で、若々しい力に満ちた雷(神鳴り)の神という意味である。

創建については諸説ある。
社伝では、神武天皇の御代に本殿の北北西にある秀峰神山(こうやま)に御降臨になり、天武天皇の御代(678年)に現在の御殿の基が整えられた。

ご祭神については、神話(『山城国風土記』逸文など)によると、太古の昔山城国(現在の京都)に移り住んだ賀茂一族の姫・賀茂玉依比売命(かもたまよりひめのみこと)が川で身を清めていると、上流より天降りし丹塗矢(にぬりのや)が流れて来た。その矢を持ち帰った賀茂玉依比売命が床に祀り休まれたところ、御神霊の力を享け御子を授かった。
御子が元服したとき、祖父である一族の長・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が多くの神々を招き祝宴を催し、その席で「汝の父と思う神に盃を捧げよ」と申され、盃を渡したところ、御子は「我が父は天津神なり」と答えられ、雷鳴と共に、そのまま天に昇られたと記されており、再び会いたいと乞い願っていた賀茂玉依比売命の夢枕にある夜、御子が顕われ「吾れに逢はんとには、馬に鈴を掛けて走らせ、葵楓の蘰(かずら)を造り、厳しく飾りて吾れを待たば来む」との神託があり、その言葉に従い神迎の祭をしたところ天より神として御降臨されたと伝わる。
この御子神が賀茂別雷大神である。

丹塗矢の正体は、乙訓神社の火雷神とも大山咋神ともいう。玉依日売とその父の賀茂建角身命は下鴨神社に祀られている。国史では、文武天皇2年(698年)3月21日、賀茂祭の日の騎射を禁じたという記事が初出で、他にも天平勝宝2年(750年)に御戸代田一町が寄進されるなど、朝廷からの崇敬を受けてきたことがわかる。

延暦13年(794年)の平安遷都後は、皇城鎮護の神社としてより一層の崇敬を受け、大同2年(807年)には最高位である正一位の神階を受け、賀茂祭は勅祭とされた。『延喜式神名帳』では「山城国愛宕郡 賀茂別雷神社」として名神大社に列し、名神祭・月次祭・相嘗祭・新嘗祭の各祭の幣帛に預ると記載されている。弘仁元年(810年)以降約400年にわたって、伊勢神宮の斎宮にならった斎院が置かれ、皇女が斎王として奉仕した。

明治の近代社格制度でも伊勢神宮に次ぐ官幣大社の筆頭とされ、明治16年(1883年)には勅祭社に定められた。

境内図
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一の鳥居をくぐると、広大な広場が広がる。
参道の右手には、咲くと見事だろうなと思わせる「斎王桜」と「御所桜」が並んでいる。
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神馬舎
残念ながら、平日なので神馬「神山号」は不在。
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二の鳥居
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二の鳥居を入ると、右手に「楽屋」がある。
馬の形のおみくじ結びがしゃれている。

〇楽屋 1628年建造 重要文化財
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〇土屋(到着殿) 1628年建造 重要文化財
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細殿の前にあるのが、有名な「立砂」である。

〇立砂
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頂に松の葉が立てられ、陰と陽の一対となっている。
右が二本なので、偶数で「陰」
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左が三本なので、奇数で「陽」
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〇拝殿(細殿)  1628年建造 重要文化財
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正面の左右には、干支の絵馬がかけられている。
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〇手水舎(神山水)
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〇樟橋
「別名、長寿橋とも云い、一見石橋に見えますが、実は樟(くすのき)の化石であり、この橋を渡ると長寿になるという云われが古くより伝わっています。」の説明に吃驚!!
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〇玉橋 重要文化財
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楼門が、工事中でスッポリと覆われていてガックリ。

〇四脚中門 - 1628年建造 重要文化財
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ここから本殿に向かって拝礼します。本殿は神聖な場所で近づくことはできません。
この中に、国宝の権殿、本殿があり、更に摂社「若宮神社(ご祭神:若宮神)」、末社「杉尾社 (ご祭神:杉尾神)」、末社「土師尾社(ご祭神:建玉依比古命)」がある。

私はテレビの特集番組で、中を映像では見ている。
中に入れたとしても、撮影禁止なので皆さんにお見せすることは出来ないが、権殿、本殿のそれぞれに獅子・狛犬が回廊に置かれて、守っている。
しかも、社殿の壁に獅子・狛犬が描かれていて「影狛」と云われる。
狩野派の絵師によるこの絵は、社殿の上に鎮座する狛犬たちの影を写し取って描かれたもの、と言われている。向かって右側に金色と緑の獅子(阿形)、左側には銀色と青の狛犬(吽形)。
壁に描かれたものと、獅子・狛犬像とは、色調も呼応している。
テレビの番組では、宮司さんが「狛犬さんが抜け出しては里でいたずらするので、影狛を描いて神社から抜け出さんよう封じている」と説明していた。

本殿に祀られているご祭神は、賀茂別雷大神 (かもわけいかづちのおおかみ)

神紋は「二葉葵」
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〇末社・棚尾社本殿 重要文化財
四脚中門に附いている。
ご祭神は、櫛石窓神と豊石窓神で、宮殿の門を守る神。
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新宮神社と山尾社に向かって歩いていると、中門から延びる瑞垣の屋根に、魔よけの細工がすごかった。
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〇摂社「新宮神社(ご祭神:高龗神)」・末社「山尾社(ご祭神:大山津見神)」
遥拝所にあたる門
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金網越しに参拝。
正面が新宮神社、その左に横から見えているのが山尾社。
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〇末社・川尾社(ご祭神:罔象女神)
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〇摂社・片山御子神社(片岡社)
第一摂社。延喜式内社(大)「愛宕郡 片山御子神社」にあたります。
ご祭神:玉依比売命
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片山御子神社(片岡社)は、上賀茂神社の御祭神「賀茂別雷大神」の母君である「玉依比売命」を祀ったお社です。玉依比売命は賀茂族で最も権威の高い女性で、「賀茂別雷大神」に仕えて祭司を司っておられたと言われています。片山御子神社は第一摂社として上賀茂神社の祭礼でも、まず最初に祭りを行うのが恒例になっています。

〇摂社・須波神社
延喜式内社「愛宕郡 須波神社」にあたります。
ご祭神:阿須波神・波比祇神・生井神・福井神・綱長井神
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社殿の両脇を流れていた、御手洗川と御物忌川が合流し、「ならの小川」となって流れます。
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〇舞殿(橋殿)  1863年建造 重要文化財
上賀茂神社の舞殿は橋殿とも言われ、境内を流れる御手洗川をまたぐように建てられています。夏越大祓(なごしのおおはらえ)のお祭りでは橋殿から御手洗川に人形が流されます。(重要文化財)
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〇紫式部の和歌の歌碑
片山御子神社は「縁結びの神様」としても古来から有名で、紫式部が何度もお参りしたことでも知られています。紫式部は、片岡社にちなんでこんな和歌を詠んでいます。
「ほととぎす 声まつほどは 片岡の もりのしづくに 立ちやぬれまし」
(新古今和歌集:第三巻 夏歌)
「和歌の意味」
ホトトギス(将来の結婚相手の声)を待ちわびる間、片岡社の木の下に立ち、朝露に濡れていましょう。
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「ならの小川」の清流が、ここで二つに分かれる。
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〇末社・岩本社(ご祭神:底筒男神・中筒男神・表筒男神)
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〇摂社・賀茂山口神社(ご祭神:御歳神)
延喜式内社「愛宕郡 賀茂山口神社」にあたる。
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〇北神饌所(庁屋)(奈良神社拝殿付属) 1628年建造 重要文化財
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〇摂社・奈良神社(ご祭神:奈良刀自神)
鳥居と北神饌所の間にある。
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ならの小川沿いに、二社あり。
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〇末社・山森社(ご祭神:素盞嗚神・稲田姫命・田心姫命)
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〇末社・梶田社(ご祭神:瀬織津姫神)
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これで、上賀茂神社の参拝を終えました。
また、歩いて地下鉄北山駅に行くのはしんどいな、と思って一の鳥居前のバス停に行くと、巡回バスが北山駅前を通るのがわかり、北山駅前までバスで移動。
助かった。

地下鉄で北山駅から今出川駅に移動、出雲路幸神社、鴨川デルタに向かいました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

ここ、2回、行ったことがあります。内、1回は4月上旬でしたので、大きな枝垂れ桜が咲いていましたが、残念ながら、終わりに近い状態だったと思います。枝垂れ桜のことはともかく、ここ、雰囲気の良い神社ですよね。加えて、人も少ないので、撮影もしやすいですし。

さて、この神社の西側の加茂川、その左岸に桜が沢山、植えられており、上流方向1Km位、行って撮影した後、今度は戻って、そのまま下流方向に進むと、府立植物園の側が「半木の道」と言う枝垂れ桜の道です。更に進むと、下鴨神社のすぐそばに行けます。高野川と合わさってからも、左岸にはずっと桜並木が続き、それが八条大橋あたりまで続くので、私の場合の京都の桜の撮影経路の1つです。

matsumoさん

コメントありがとうございます
そうですよね、matsumoさんは毎年くらいに
京都の桜を撮ってますよね。
いつも、おっ今年も・・・・・
と驚嘆の思いで記事を拝見しています。
正直、桜の時期にずらそうかとも考えましたが、
所期の目的の方が、おろそかになってしまう、
そんな気がして、やめました(笑)
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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