賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)/日本の神々の話

20170407

『古事記』、『日本書紀』には登場しない。
『山城国風土記』逸文に記述がある神である。

賀茂別雷神社(上賀茂神社)の祭神であり、各地の加茂神社(賀茂神社・鴨神社)で祀られる。

神名の「ワケ」は「分ける」の意であり、「雷を別けるほどの力を持つ神」という意味であり、「雷神」ではない。

『山城国風土記』逸文には、賀茂別雷命について次のような記述がある。
太古の昔山城国(現在の京都)に移り住んだ賀茂一族の姫・賀茂玉依比売命(かもたまよりひめのみこと)が石川の瀬見の小川(鴨川)で身を清めていると、上流より天降りし丹塗矢(にぬりのや)が流れて来た。その矢を持ち帰った賀茂玉依比売命が床に祀り休まれたところ、御神霊の力を享け御子を授かった。
御子が元服したとき、祖父である一族の長・賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が多くの神々を招き祝宴を催し、その席で「汝の父と思う神に盃を捧げよ」と申され、盃を渡したところ、御子は「我が父は天津神なり」と答えられ、雷鳴と共に、そのまま天に昇られたと記されており、再び会いたいと乞い願っていた賀茂玉依比売命の夢枕にある夜、御子が顕われ「吾れに逢はんとには、馬に鈴を掛けて走らせ、葵楓の蘰(かずら)を造り、厳しく飾りて吾れを待たば来む」との神託があり、その言葉に従い神迎の祭をしたところ天より神として御降臨されたと伝わる。

武藤武美氏によれば、賀茂信仰の原始の姿は貴船の山に来臨する神が賀茂川に恵みの水をもたらすことを祈った御阿礼(みあれ)神事にうかがえる。〈ミアレ〉とは新しい神(この場合は雷神)の誕生をいう。賀茂伝説の基礎にはこの神事があり,ワケイカズチとは,この若い雷神の説話上の名称である。

丹塗矢の正体は、乙訓神社の火雷神とも大山咋神ともいう。

賀茂別雷命は古事記には登場しないが、一部には大国主神の子で、やはり賀茂氏の祖として古事記にも登場する阿遅鉏高日子根神(アヂスキタカヒコネ)と同一視する場合がある。
それは、『古事記』の「大国主神」の巻、「大国主の神裔」の段で、「阿遅鉏高日子根神(あじすきたかひこねのかみ)は、迦毛の大御神といふぞ」とあり、
また『賀茂之本地』では阿遅鉏高日子根神と同一視されていることによる。

賀茂別雷命の出生についての話と同様の話が『古事記』(大物主神と比売多多良伊須気余理比売)や『秦氏本系帳』(阿礼乎止女と大山咋神)にもあり、特に後者の話と混同されて、「賀茂別雷命の父は松尾大社の大山咋神である」とする話も流布している。

賀茂氏にはいくつかの系統があるが、賀茂建角身命は古事記にも登場する八咫烏に化身した、とされる。

賀茂氏のなかで、オオモノヌシの子孫であるオオタタネコの孫が始祖だとする氏族もある。
実際、オオタタネコは『古事記』の「崇神天皇」の巻、「三輪山の大物主」の段で、「このオオタタネコノ命は神(みわ)の君・鴨の君の祖である」と記されている。つまり賀茂氏の祖とある。



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コメント

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四季歩さん、こんにちは

雷と言えば、私にとっては風神・雷神図ですが、そのほか、菅原道真ですね。上賀茂神社と言えば、京都人は知っていたはずなのに、何で、道真が雷になってしまったのか、どうもよくわかりません。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
古代でも、中世でも雷は、さぞや怖かった
ことと思います。
やはり祟りだと思ったわけです。
その場合、思い当たる人達が、あれは
〇〇の仕業に違いないと(笑)
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