小江戸・川越探訪

20170407

3月28日(火)に、歴史クラブ行事として行われた企画に参加しました。

コースは、「蔵造り街並み」、「時の鐘」など散策⇒「川越まつり会館」⇒昼食⇒「スカラ座映画館」⇒「中の門堀」⇒「川越市立博物館」⇒「本丸御殿」⇒「仙波東照宮」⇒「喜多院」⇒「五百羅漢」

地図
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西武線本川越駅に集合し、徒歩で仲町まで移動、自由行動で「蔵造り街並み」を楽しんだ。

【蔵造り街並み】
川越町(当時)の3分の1を焼失した、明治26年(1893)の川越大火の後、川越商人が日本橋などの蔵造りを参考にして建てたもの。
蔵造りは類焼を防ぐための巧妙な耐火建築で、江戸の町家形式として発達したものです。今の東京では見ることのできない江戸の面影をとどめています。

今では、日本橋などにまったく見られなくなり、川越や佐原などにのみ見られることから、「小江戸」と云われる由縁です。

川越では、この通りを電柱の撤去など景観の向上に努めた結果、関東から観光客が押し寄せる人気観光地となっている。

蔵造りの家
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ウィンドウには、楽しい小物などが並んで楽しませてくれる。
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蔵造りだけでなく、こういう大正ロマンのあふれる建物もあり。
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軒先に大根を干している漬物屋さんもあり。
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重厚な蔵造りの店
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こういう商家もいいですね。
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現在も、埼玉りそな銀行の支店として営業している、旧第八十五銀行本店の建物。
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手前の建物には、魔物よけの棟飾りが。
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【時の鐘】
江戸時代の寛永年間に川越藩主・酒井忠勝によって建設されたのが始まり。
古くは鐘撞き守が決まった時間に時を知らせていたが、現在では機械式で1日4回(午前6時、正午、午後3時、午後6時)川越城下に時を知らせている。
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【川越まつり会館】
色々な人形を載せた山車で有名な「川越まつり」に関する資料を展示・伝統を保存するために作られた。
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中に入ると、山車の人形が飾られている。
弁慶
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太田道灌
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ホールには、日本武尊と八幡太郎義家の山車が展示されていた。
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螺旋階段で、山車の近くで見ることが出来る。
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「おだまき」と云って、山車の上に乗る人形と上段幕を上下動させるからくり。
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「氷川祭礼絵巻」
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「氷川祭礼絵馬」
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川越まつり会館を出て、次の目的地に向かって歩いていると、山車の収蔵庫があった。
このように、各町内に保管されている。
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【スカラ座映画館】
前身は1905年(明治38年)に開業した寄席「一力亭」。その後、1907年(明治40年)に「おいで館」、1921年(大正10年)に「川越演芸館」と改称し営業を継続したが、戦後の1945年(昭和20年)に松竹の封切館「川越松竹館」として再建。1963年(昭和38年)に現館名に改称。
現在の建物は、1945年に完成したもの。
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この日は休館日だったが、今でも営業しています。
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【中の門堀】
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私たちと入れ替わりに、着物姿の若い人たちが入ってきた。
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【川越市立博物館】
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館内は、ガイドが付いて説明を受けた。

レイアウト
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展示の様子(パンフレットから)
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蔵造りの建物の構造の、実寸カットモデルはすごかった。
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川越市立博物館を出たところから、二班に分かれて、それぞれにガイド(有料)がついて、説明を受けながら移動しました。

【本丸御殿】
現存するのは、河越城と高知城のみというから、貴重な建物です。
この日は、前でガイドさんの説明を受けただけ。
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【仙波東照宮】
今年の正月に、ここにある埼玉県最古の狛犬の写真を撮りに来て、その際に東照宮の写真もきちんと撮ったので、この日は全然写真を撮らなかった。
しかし、この記事を書く二あたって調べたら、狛犬についてはアップしてあるものの、東照宮の記事はアップしていなしことが判明(汗)
近日中にアップします。

この日は、松平信綱が植えたという「伊豆ざくら」がかなり開花していたので、これをアップしておきます。
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【喜多院】
良源(慈恵大師、元三大師とも)を祀り川越大師の別名で知られる。建物はほとんどが重要文化財に指定され、寺宝にも貴重な美術工芸品を多く有する。広大な境内は池や掘を廻らせた景勝地となっている。

平安初期の天長7年(830年)、淳和天皇の命で円仁(慈覚大師)が建立し、当初は無量寿寺と号した。無量寿寺には北院、中院、南院があり、伏見天皇が尊海僧正に命じ関東天台宗の本山とした。後伏見天皇は東国580寺の本山としての勅書を下し、後奈良天皇は星野山の勅額を下した。永禄年間(1558年 - 1570年)頃までは3院が存在していたが、寛永10年(1633年)に中院のあった場所に仙波東照宮が建てられた為、中院はさらに200m南方に移動し、南院は明治の初めに廃院となり、その一角とされる場所には数十基の石の塔婆が残っている。

慶長4年(1599年)、徳川家の尊崇が厚かった天海僧正が第27世住職として入寺し、寺号を喜多院と改めた。川越藩主となった老中・酒井忠利は喜多院の再興に当たった。慶長18年(1613年)には徳川秀忠の関東天台法度により関東天台総本山と定められ、500石の寺領を賜った。寛永15年(1638年)、川越大火で山門と経蔵以外の伽藍を焼失するが、翌年、徳川家光の命で、江戸城紅葉山御殿の一部を移築した。これが今に残る客殿、書院、庫裏であり、これらを運ぶために新河岸川の舟運が開かれた。川越藩主を経て幕閣で老中にあった堀田正盛は喜多院や仙波東照宮再建の奉行を命ぜられ、天海を助けた。4代将軍・徳川家綱は200石を加増し750石・寺域48,000坪の大寺となり、徳川家に厚く保護され隆盛した。

山門(重要文化財) - 寛永9年(1632年)、天海僧正により建立。喜多院で現存する最古の建物。
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本堂(パンフレットから)
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鐘楼門(附:銅鐘)(重要文化財) - 元禄15年(1702年)建立。
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江戸城紅葉山御殿の一部を移築した、家光誕生の間、春日局化粧の間などの建物、本堂を拝観した。
(写真はなし)

そこに入る前、門前の枝垂れ桜が、かなり咲いていた。
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家光誕生の間などがある、建物の前の庭にも見事な桜があり、けっこう咲いていた。

〇家光公お手植え桜(二代目)
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エドヒガン桜も綺麗だった。
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この桜には、ずいぶんと鳥が来ていた。
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本堂にいたる廊下からの桜
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【喜多院五百羅漢】
「日本三大羅漢」の1つ・五百羅漢は天明2年(1782年)から文政8年(1825年)の半世紀にわたって建立されたもので、538体の石仏が鎮座する。石仏はすべてが異なる表情・ポーズであるが、深夜、羅漢の頭を撫でると1つだけ温かいものが必ずあり、それは亡くなった親の顔に似ている、という伝承が残る。
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これは良く見ると、顔が水面に映っている様を彫ったもの。実に凝ったものだ。
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そしてガイドさんが、干支の動物を抱いたものが全部ある、と教えてくれたので、皆でそれを探すのに熱中。
思わぬ楽しみ方を教えてもらって、楽しかった。


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これで、本日の「川越散策」は終り。
本川越まで歩いて戻り、帰途についた。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

おお、歩かれたの、川越観光の黄金ルートと言う感じですね! 川越、行きたいとは思っているのですが、もう、桜は終りに近い状態でしょうから、次に行く可能性があるのは祭りの時でしょうか。

それにしても、枝垂れ桜等、咲いていて良かったですね!!

matsumoさん

コメントありがとうございます。
わりと、おなじみの所が多かったのですが、
ガイドがつくというので、勉強になるかと、
参加しました。
ずいぶんと勉強になりました(笑)
よかったです。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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