狭井神社

20170506

鎮座地:奈良県桜井市三輪1422
参拝日:2017年3月23日

青春18キップの旅二日目、素佐男神社、大神神社のあと、山辺の道を歩いてここに到着。

社号標
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式内社「狭井坐大神荒魂神社五座」。
病気平癒の神社。
狭井神社は狭井川の畔にある大神神社の摂社で、正式な名前は「狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわあらみたま)神社」という。本社の荒魂をお祭しており、延喜式神名帳に記されている古社。
古より「華鎮社」と称された。

社伝によれば、創祀は垂仁天皇の時代とされている。大神荒魂神(おおみわのあらみたまのかみ)を主神として祀り、大物主神、姫蹈鞴五十鈴姫命、勢夜多多良姫命および事代主神を配祀している。荒魂(あらみたま)とは、荒ぶるような猛々しい働きをもって現れる霊魂のことである。戦時や災時などにあたって現れ、祭祀(さいし)を受けることによって和魂(にぎみたま)の性質に変わる。

狭井神社は、鎮花祭(はなしずめまつり)が行われる神社として昔から有名であり、「花鎮社」ともいう。鎮花祭りは、俗に「くすりまつり」ともいい、毎年4月18日に大神神社とこの狭井神社で執り行われる重要な祭りで、その起源は崇神天皇のとき、全国に疫病が流行したが大田田根子を召して祭神の大物主神を祭ったところ疫病が止んだことにあるという。実際は、春になって花の花粉が飛散する陽気の頃はさまざまな病気が流行するので、これを鎮めるために祀ることから起こったのだろう。

『延喜式』の鎮花祭記述
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鳥居
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境内は思ったよりはるかに広い。
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皇后陛下の歌碑があり。
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手水舎
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一段上がって、拝殿前に。
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やはり、ここも注連柱があり。
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拝殿の唐破風の檜皮葺の意匠が美しい。
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拝殿
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拝殿内に「華鎮社」の社額がかかっている。
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拝殿内部
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本殿は屋根がかろうじて伺えるだけ。
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ご祭神:
主祭神は、大神荒魂神(おおみわのあらみたまのかみ)
配祀は、大物主神、姫蹈鞴五十鈴姫命、勢夜多多良姫命、事代主神。

大神神社摂社なので、神紋はやはり「三本杉」
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薬井戸・狭井に向かう入り口に、ご神水を使用した「水琴窟」がありました。
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これに耳を近づけると、澄んだいい音色がしていた。
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〇薬井戸・狭井
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たくさん蛇口がありました。
見ていると、けっこう頻繁に土地の方がキャリアを引いて水をいただきに来ています。
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私たち旅人にも、安心してご神水をいただけるよう、減菌されたコップが用意されていました。
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お水をいただくと、何とも言えない清浄な味に感じられました。
美味しい水でした。

御神体である三輪山への登拝口が境内にあります。
但し、三輪山は御神体であり山そのものが神域であるため、軽率な気持ちで入山することは出来ない。(明治に渡るまで「神域」として一般の入山禁止であった。)登拝料を払い受付より渡されるたすきを首にかけるなどの厳守すべき規則があり、それを了承した上で登拝することが義務づけられている。なお、入山中は撮影・飲食は禁止である。

三輪山の標高は467.1mです。その山頂に高宮神社があり、信仰者の登頂を認めている。登拝口は拝殿の右側にある。社務所に願い出て、住所・氏名・入山時間・性別を記入し、登拝口で祓いをすませれば、木綿襷を肩にかけて誰でも登頂できる。ただし、往復とも指定された一本道だけを通ること、禁則地域には絶対立ち入らないことなど厳しい制約が課せられる。途中に急な坂道もあり、普通の人なら頂上まで1時間はかかるとのことである。なお、登頂は有料である。

私の今回の旅は、サブテーマに出雲族の痕跡探しを挙げており、出来るだけ広範囲を廻りたいので、登頂は我慢した。次回はぜひ登らせていただきたいと思っている。

登山口
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「鎮女(しずめ)池」
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鎮女(しずめ)池のほとりに、三島由紀夫氏の「清明」碑がある。
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説明の中にある、摂社率川神社の「三枝祭」は、その起源も古く、文武天皇の大宝元年(701)制定の「大宝令」には既に国家の祭祀として規定されており、大神神社で行われる鎮花祭と共に疫病を鎮めることを祈る由緒あるお祭り。
昔、御祭神姫蹈韛五十鈴姫命が三輪山の麓、狭井川のほとりにお住みになり、その附近には笹ゆりの花が美しく咲き誇っていたと伝えられ、そのご縁故により、後世にご祭神にお慶びいただくために酒罇に笹ゆりの花を飾っておまつりする様になったと言い伝えられています。

国が行うお祭りとして重んぜられた三枝祭は、平安時代には宮中からの使いが御供えの幣物や神馬を献上するなど、非常に丁重な祭祀が行われましたが、後世いつの間にか中絶していたのを明治十四年再び古式の祭儀に復興され、現在に及んでいます。
このお祭りの特色は、黒酒、白酒の神酒を「罇(そん)」「缶(ほとぎ)」と称する酒罇に盛りその酒罇の周囲を三輪山に咲き匂う百合の花で豊かに飾り、優雅な楽の音につれて神前にお供えする事です。又神饌は古式に則り美しく手が加えられ、折櫃に納めます。そして、柏の葉で編んで作ったふたをして、黒木の御棚と言う台にのせて宮司自らがお供えします。

延喜式に書かれている「三枝祭」
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私は、三島由紀夫の小説はあまり親しんではいないが、絶筆となった「豊穣の海」シリーズは、前評判が騒がれたこともあり全て初版で買って、三島由紀夫の小説の中で唯一愛読しているものだ。
大神神社に参拝し、「三枝祭」に参加した本多が、松枝清顕の生まれ変わり、飯沼勲と出会うシーンは、三千本の百合の花のイメージと共に、今でも鮮明に蘇ってくる。

鎮女(しずめ)池には、大神神社末社市寸島姫神社がある。

〇大神神社末社・市杵島姫神社
ご祭神:市杵島姫命
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ここでも、卵が供えられている。
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しばらく、鎮女(しずめ)池のほとりで休んだ後、「出雲屋敷」跡に向かって、山辺の道を歩き出した。
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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

私もここは行きましたが、大神神社の末社とは思えないような境内の広さですよね。ですから、私は、当初、三輪山への登山口が何でここにあるのかと不思議に思いました。

私も一瞬、登ろうかと思ったのですが、撮影禁止とのことだったので、それなら、登っても仕方がないので止めました。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
朝廷初期からの祭り「鎮花祭」を、大神神社と狭井神社
二社で行うことになっていた、というのがヒントに
なりそうです。
今は大神神社の摂社となっていますが、以前は
別々の神社だったのではないかと思っています。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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