桧原神社(倭笠縫邑)

20170514

鎮座地:奈良県桜井市三輪字桧原
参拝日:2017年3月23日

青春18キップの二日目、大神神社、狭井神社参拝のあと、出雲屋敷跡など山の辺の道を歩いて、ここに到着。

山の辺の道を大神神社の方から来ると、この入り口になる。
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境内に入ってから、正面の入り口に回った。
大神神社と同じく、注連柱が立つ。
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社号標
式内社 大和國城上郡 卷向坐若御魂神社 大 月次相嘗新嘗、大神神社摂社
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この神社には、二つの系統の神統があることがわかる。
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私がここまで足を延ばしたのは、ここでは大神神社と同じ三つ鳥居を介して三輪山を拝することができるとあったからである。
ここが「倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら)」の地であることは、頭になかったので、大事な場所に来れたことに感謝した。

まずは、三つ鳥居を拝して、三輪山に参拝。
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大神神社摂社として、社殿は無いが、
御祭神は、天照大神若御魂神、伊弉諾尊、伊弉册尊

〇豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや)
ご祭神:豊鍬入姫命
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 桧原神社は、万葉集などに「三輪の檜原」と数多くの歌が詠まれた台地の上にある。大和国中が一望できる絶好の場所に位置し、眼下に箸墓の森が見え、二上山の姿も美しい。 かってこの付近は大和の笠縫邑と呼ばれた。そのため境内には「皇大神宮倭笠縫邑(やまとのかさぬいのむら)」と書いた大きな石碑が立っている。

 檜原台地に建つ桧原神社は、大神神社付近の摂社群の中では、最も北に位置している上に社格も最も高く創建も古い。天照大神が伊勢神宮に鎮座する前に、宮中からこの地に遷され、この地で祭祀されていた時代がある。伊勢神宮へ遷されると、その神蹟を尊崇して、檜原神社として引き続き天照大神を祀ってきた。そのため、この神社は広く「元伊勢」の名で親しまれている。

第十代・崇神天皇は、木(紀)国造である荒河刀弁の娘・遠津年魚目目徴比売を妻として 豊木入日子命と豊鉏入日売命の男女二人をもうけられた。 豊木入日子命は上毛野の君、下毛野の君等の祖となった。 豊鉏入日売命は、伊勢皇太神宮の祭主となった。

『日本書紀』崇神天皇6年条によれば、百姓の流離や背叛など国内情勢が不安になった際、天皇はその原因が天照大神(のちの伊勢神宮祭神)・倭大国魂神(のちの大和神社祭神)の2神を居所に祀ったことにあると考えた。そこで天照大神は豊鍬入姫命につけて倭の笠縫邑(かさぬいのむら)に祀らせ、よって磯堅城の神籬を立てたという。一方、倭大国魂神は渟名城入姫命につけて祀らせた。

皇女豊鍬入姫命はさらに大宮地を求めて丹波、大和、紀伊、吉備などの各地を巡り、 ついで第十一代・垂仁天皇の御代、皇女倭姫命が代わって大御神さまにお仕えし、 大御神の永遠にお鎮まりになるべき大宮地を求めて、各地を苦心してご巡幸されたのち、 「この地は、朝日夕日の来向ふ国、浪音の聞えざる国、風音の聞えざる国、弓矢・鞆の音 聞えざる国、大御神の鎮まります国ぞ」 と申されて、垂仁天皇二十六年九月、伊勢の五十鈴川上の現在の地にお鎮まりなった。
その後、代々皇女が神宮の司祭に選任されている。

『古事記』では、豊鉏比売命(豊鍬入姫命)は伊勢の大神の宮を祀ったと簡潔に記されている。

砂利の境内は清潔というか清廉な雰囲気。
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瑞垣のすぐ前には、北白川房子氏の歌碑があります。
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檜原神社からは、古来から大和の国人々から聖なる山として崇められた「二上山(にじょうざん)」の姿が美しく見られます。檜原神社からはほぼ真西の方角にあたり、春分・秋分の日の頃には、二上山の雄岳と雌岳の間に夕陽が沈むため、神聖視されてきました。
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参道に立つと、注連柱の間から二上山が、うっすらと見えた。
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前川佐美雄氏(日本芸術院会員)の歌碑
春がすみ いよいよ濃くなる真昼間の なにも見えねば 大和と思え
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池田黙々子氏歌碑
「観月や 山の辺道を 桧原まで」
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これで、桧原神社の参拝を終え、できるだけ大神神社の摂末社に参拝するため、来た山の辺の道を大神神社の方に引き返しました。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

なるほど、ここは大神神社の末社の1つだったのですか! 全く知りませんでした。

ここの印象は、社殿が簡素な感じだったことと、鳥居が変わっていたことですね。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
三つ鳥居は、大神神社と桧原神社だけのはずですが、
東京都墨田区、牛島神社にあったので、
ビックリしました。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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