世界遺産・富岡製糸場、城下町小幡

20170520

5月10日(水)に、歴史クラブの定例見学会が行われました。

コースは、富岡製糸場、城下町小幡、妙義神社。

朝7:00に狭山市駅前を貸し切りバスで出発。9時ころに富岡製糸場に着きました。

 富岡製糸場は1872年(明治5年)に明治政府が殖産興業政策のもと、製糸業の近代化を図るため、フランス人のポール・ブリュナの指導のもとに設立した官営模範工場です。建設費は当時の金額で24万5,000円で、この建物実現には伊藤博文、大隈重信、渋沢栄一、尾高惇忠などがその中心的な役割を果たしました。
 工場の敷地面積は約5万7,000㎡、延床面積2万4,000㎡で、当時の製糸工場としては世界最大規模を誇っていました。
 歴史的な価値が高い瓦ぶき、木骨レンガ造りの特色ある建物群が140年以上経った現在もほぼ建設当初のまま保存されています。

 富岡製糸場は官営模範工場として日本各地に器械製糸技術を伝えるとともに、器械製糸場の設立を進める役割を果たしました。また、富岡製糸場で生産された生糸は当初はフランスへ、やがてアメリカへと輸出され、明治末期には日本は生糸の生産量・輸出量ともに世界一となり、世界的な綿の大衆化に貢献しました。

 器械製糸の普及と技術者育成という目的が果たされた1894年(明治27年)に民間に払い下げられた後、主要な建造物群はそのまま活用する一方、建物や構造物の増改築をしながら115年間生産活動を続け、1987年(昭和62年)にその長い歴史の幕を閉じました。
 その後2005年(平成17年)に国史跡指定、2006年(同18年)に設立当初期9件の建造物が国重要文化財に指定され、2014年(同26年)には世界遺産に登録されて今日に至っています。

※参考までに世界遺産に登録される以前の平成20年度~25年度の入場者数は各年度20万人~30万人(25年度は31万4,000人)でしたが、6月に登録された26年度は133万7,000人と一挙に4倍強に増え、その後は若干減りつつあるが27年度114万5,000人、28年度80万人となっています。

駐車場から、製紙場前の通りを歩くと、休憩コーナーなどが花で飾られ、とても良い雰囲気でした。
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製紙場に到着。
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製紙場レイアウト。
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記念碑
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ガイドを頼んでおり、イヤホンが全員に配られたので、人数が多くても大丈夫。

東置繭所から案内開始。
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東置繭所正面
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アーチの真ん中に、誇らしげに「明治5年」と。
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検査人館
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女工館
一般の女工でなく、指導に来たフランス人教師の住居。
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操糸所
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内部は、ズラッと機械が並んでいる。
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トラス構造
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機械は、動いていないので、どういう仕組みになっているかわからない。
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釜に湯を供給するコンベア。
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官営時代の写真
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操糸作業の再現
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官営富岡製糸場の伝習工女で、『富岡日記』を著した和田 英
英は17歳で故郷を離れ富岡に着任するが、工女募集責任者である父・横田数馬の影響をうけ、国益と家名のために自ら進んで工女となっている。
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ブリュナ館
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診療所
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榛名寮
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寄宿舎
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東置繭所のガイダンス展示場で、糸とりの実演をしていた。
4つくらいの繭から合わせて糸を取っていく。どれかの繭が終わると新しい繭からの糸をつなぐ。
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回転蔟(まぶし)
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「人工飼料育」
私が子供の頃には、家で蚕を飼っていたので、桑の葉にたくさん蚕が居るのが普通であり、これには驚いた(笑)
これは、本物の蚕です。
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見学を終わって入り口付近に居たら、生徒が見学している列が通過。
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今年の秋に、ここの製糸所が舞台の映画が公開されるそうです。
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午後の城下町小幡見学の際に、離れていて行けないので、先に「織田家七代の墓所」に立ち寄った。
織田信長の次男信雄が、大和松山とここの領主となり、以後七代までここを治めた。
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織田信雄の五輪塔
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ずいぶんと傷んでしまっている墓もある。
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道の駅「甘楽」のレストランで昼食。
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昼食後、二班に分かれてガイドさん(有料)の案内で、城下町小幡を散策。

 甘楽町の遺跡・遺構は旧石巻時代から確認され、平安時代の『延書式』には上野国の御牧の一つである「新屋の牧」が開設されたとあり、当町の新屋地区内であると想定されている。
 鎌倉時代にはいると、小幡氏の活躍がみられる。小幡氏は、武蔵七党系図によると児玉党の一派で、この党の中に小幡平太郎の名が見られ、13世紀初頭には小幡の地に居住し、勢力を確立していたと推考されている。
 小幡氏は西上州において大きな役割や影響を及ぼした。居城の国峰城(楽山園の南西約2Km先にある城山)は中世における大城郭で、他には見られない特異な構成であり、山城部・丘城部・平城部が、東西2km、南北2.5kmの広範囲に展開しており、高低差は244mをはかる。のち、武田信玄の幕下に加わり、武田軍団の先陣として武勇をはせ「朱備え」着用を許され、上州の朱武者として恐れられたといわれ、武田24将の一人にも数えられた。

武田氏滅亡後は織田信長配下の滝川-益に従い、本能寺の変以後は小田原北条氏の勢力下に入ったが、天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原城攻めに際して、国峰城も前田利家隊などの秀吉軍により落城した。

 元和元年(1615)7月、京都の二条城で「禁中並公家諸法度」布達の際に、織田信長の二男信雄(官位正二位、内大臣)に大和国宇陀郡3万石・上州小幡2万石が与えられ、翌元和2年(1616)に信雄の子信良が福島の御殿に入り、織田氏による小幡支配が開始された。
 楽山園の造営年代・造営主については不明な点が多いが、『楽山園由来記』では元和7年(1616)に織田信雄が造営したと伝えられている。この由来記が正しいとすれば、最初に信雄こよって作庭が行われ、お茶屋が営まれた後、藩邸として再構成された可能性がある。庭園の構成から考えると、藩邸ができる前から、庭とともに別荘的な建物が存在したと考えられる。織田氏は8代152年にわたり小幡藩を統治した。
 織田家移封の後、明和4年く1767)9月に若年寄を勤めていた松平忠恒。4代続き明治となる。

案内図
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まずは、楽山園をめざします。
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楽山園の案内図
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中門
非常に重厚な門で、高さ7m、柱間4.5m、奥行き2.9mです。
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屋根は、切妻トチ葺きで、約11,000枚のスギ材で葺かれています。
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入ると土塁がそびえる。
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拾九間長屋
藩邸の使用人たちが暮らしていた。
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室内
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その前に、信長と秀吉が餅つきをしている。
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「天下一の力(もち)」
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土塁の内側が藩邸
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北門から入る。
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藩邸の建物は、まったく残っていない。
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玄関のあった場所から。
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庭門から庭に入る。
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昆明池の向こうに腰掛茶屋と梅の茶屋
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ちょうど花菖蒲が綺麗だった。
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歴史クラブのもう片方の班が、梅の茶屋でくつろいでいた。
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鯉は、新潟地震のときに疎開してきたものだそう。
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羽衣石
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腰掛茶屋で一休み。
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梅の茶屋
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梅の茶屋からの、素晴らしい眺め。
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樹齢400年の梅の木。
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羽衣石から腰掛茶屋。
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これで、楽山園の見学を終え、「御殿前通り」から武家屋敷に向かう。
右は中学校。
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「食い違い郭」
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広い道の「中小路」をゆく。
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「松平家大奥」
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「中小路」片側の、石垣と竹藪。
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反対側には、石垣の上に花が綺麗だ。
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武家屋敷「高橋家」
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「高橋家」の庭には色々と見事なものあり。

樫の樹
勘定奉行という役職は、藩の財政を豊かにし、他の藩に金を貸すくらいになって欲しいと植えられた。
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心字の池
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富士山を象った石
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小幡の町は、どこを歩いていても、花が見事でした。
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オダマキの花
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これで、城下町小幡の散策を終えたが、ガイドさんに案内してもらったおかげで、地元の人でないと語れない話がずいぶんと聞くことが出来て、楽しかった。

次いで、バスで妙義神社に向かいました。


続いて「妙義神社」の記事を見る



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

富岡製糸場、大昔より行きたいと思っていた場所ですが、未だに行ったことがありません。加えて、世界遺産に登録されてから、ものすごい混み方と報道されていたので、余計に敬遠していました。でも、さすがに以前より人が少なくなったようですね。と言っても、それでも、結構な人出のようですが。ここ、私は工場だけだと思っていたのですが、色々な施設が付属していたのですね。

小幡と言う地名、初めて聞きました。城跡や庭、結構、良さそうなかんじですね!

No title

四季歩さん こんにちは
3年ほど前、富岡製糸場に行きました。帰りがけに以前から気になっていた甘楽町の武家屋敷跡に寄りましたが、期待以上のすてきさでした。
あの辺全部好きかも・・です。
特に楽山園の梅の茶屋で涼しい風に吹かれて一休みした時の気持ちよかったこと!
あと、武家屋敷の木々の写真を息子が撮っていたら、末裔の(多分)おじいさんが、「うちのすごい松を見ていけ」とお宅に連れて行ってくれたこと。そのおじいさんが私の亡くなった父に似ていたこと。などなど・・
いい思い出ばかりの甘楽でした。
四季歩さんの記事ですてきな思い出がよみがえりました。

次の妙義神社は、去年の秋に行ったのでまた楽しみにしていますのでよろしくです。

コメントありがとうございます

matsumoさん
城下町小幡は、あまり知られていませんが、
とても良いところです。
何より、織田信雄が封じられたところですから。
地方の小藩だったところは、概ね訪ねたときに
失望はしませんね。
大事にされているので。

Jさん
ご無沙汰しています。
いいですよね、ここ。
楽山園の梅の茶屋で涼んでいたら、とても気持ち
いいですよね。
土地の方とお話するのは、私も大好きです。
土地の方のお話というのは、ネットで調べても、
なかなかそこまでは載っていませんし。
良い体験をしましたね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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