妙義神社

20170523

鎮座地:群馬県富岡市妙義町妙義6
参拝日:2017年5月10日

歴史クラブの春季定例見学会で、世界遺産・富岡製糸場、城下町小幡を見学した後、当社に参拝しました。

銅鳥居
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それまで何とか天気が持っていたのだが、ここにきてとうとう雨が降り出した。
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少し上った所に社号標があり。
旧県社
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妙義神社は奇岩と怪石で名高い妙義山の主峰白雲山の東山麓にあり、老杉の生いしげる景勝の地を占めている。
創建は「宣化天皇の二年(今から千四百余年前)に鎮祭せり」と社記にあり、元は波己曽の大神と称し後に妙義と改められた。
そもそも妙義と云う所以は、後醍醐天皇に仕へ奉りし権大納言長親卿、此の地に住み給いて明明魏魏たる山の奇勝をめで、明魏と名づけしものを後世妙義と改めたと思われる。
古くより朝野の崇敬殊に篤く、開運、商売繁盛の神、火防の神、学業児童の神、縁結びの神、農耕桑蚕の神として広く世に知られ、関東、甲信越地区より参拝するものが多い。

江戸時代は歴代将軍を始め、加賀の前田公外諸大名の崇敬篤く、中古よりは上野東叡山の宮、御代々御兼帯御親祭の神社となりその御宿坊を宮様御殿叉は単に御殿とも称した。
この御殿よりの、東面の景色は素晴しく、前庭の植え込みは何れも低く地をはうようにつくられ、関東平野を一望に集め借景庭園として見事なものである。

本殿拝殿を初めとする境内の諸建造物は、今から三百余年前から二百年前の間の建造物にして、江戸時代建築の趣をもった壮麗なもので、老杉の巨木鬱蒼たる神域に、輪奐の美を連ね、高さ十メートルの旧御殿下の石垣をはじめとする各所の石垣はその技工の巧なること比い無く、諸建造物、青銅の大鳥居と共に、文化財に指定されている。
-『平成祭データ』-

境内図
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総門前の石段を上がる。
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〇総門<安永2年(1773) 重要文化財>
旧石塔寺の仁王門であった。
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ここの彫刻も華麗。
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〇石垣
総門の右手にある石垣が見事。
江戸半ばに妙義山の安山岩で築造。県重要文化財。
上に見えるのが「旧宮様御殿」
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また一段上がる。
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右手には、「旧宮様御殿」に通じる石段があるが、今日は寄りませんでした。
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左手には境内社。

稲荷社
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和歌三神社<玉津島神社(稚日女尊・息長足姫尊・衣通姫尊)、人丸神社(柿本人麿)、住吉神社(底筒男命・ 中筒男命・表筒男命・神功皇后)>
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更に、妙義神社の大杉の跡がある。
昭和四十六年に倒壊した元国指定天然記念物。
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ここから、また石段を上がる。
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〇銅鳥居<寛文8年(1668) 県重要文化財>
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鳥居の根元の装飾が面白い。
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【波己曾社(はこそしゃ)】
明暦2年(1853) 県重要文化財
建立当初から約100年は、現在の御本社エリアに鎮座していた。
昭和44年に現在地に移築し大修理、建立当初の姿に復元された。
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3月の初めに下見に来たときには、修復中で見られなかったが、今回綺麗な姿で見ることができた。
こちらも、綺麗なものだ。

拝殿
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拝殿内部
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拝殿横の装飾
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本殿
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本殿背後の外観
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波己曽社横の厳島神社。
(3月7日下見のときの写真)
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石の太鼓橋
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3月7日下見のときの写真
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御本殿に至る165段の石段。
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エッチラ、オッチラ登っていくと、巨木の根のせいで石段がめくり上がっている。
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随身門
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豊石窓神(とよいわまどのかみ)
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こちには虎の皮を敷いている。
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櫛石窓神(くしいわまどのかみ)
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こちらは豹の皮を敷いている。
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内側には、青鬼と赤鬼が頑張っている。
それぞれ、腰に虎の皮と豹の皮を巻いている。
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随身門をくぐって、ちょっと横にずれて唐門に通じる石段を上がるが、ここで後ろを振り返ると、大パノラマが広がっている。
この日はあいにくの雨なので、眺めは良くなかったが、3月7日の下見のときの写真を載せておく。
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唐門に通じる石段を上がる。
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【唐門】
宝暦6年(1756) 重要文化財。
妻を唐破風にした銅葺き平入りの門で、周囲は彫刻で埋められ、その素晴らしさは著名である。
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細部の彫刻が素晴らしい。
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袖の彫刻が、クリアパネルで覆われているので、撮るのが難しい。
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天井には見事な龍の絵があり。
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内側の彫刻も素晴らしい。
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【御本社(本殿・幣殿・拝殿)】
宝暦2年 重要文化財
権現造りで、龍や鶴、竹林七賢人など多くの素晴らしい彫刻が各所にみられる。
本殿は、拝殿と共に黒漆塗り銅葺き入母屋造りであり、拝殿は正面に千鳥破風をおき、その前に唐破風の向背屋根を張り出している。
※吉宗の贅沢禁止令によって、金箔を使用した華美な権現造りは以後造られなくなった。妙義神社はその直前に完成していたため、妙義神社が最後の作例となっている。

拝殿
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御本社拝殿北側には神餞所(宝暦六年・重文附)が附属する。
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向背屋根の唐破風。
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向拝屋根正面の彫刻
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向背柱木鼻部分の彫刻
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向背柱にも繊細な彫刻が施されている。
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社号額
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拝殿内部にも、華美な装飾が溢れている。
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幣殿正面
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拝殿天井には花鳥風月が描かれた格天井。
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外回りの、華美な彫刻を見ていく。
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金箔を貼った、華麗な海老虹梁。
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彩色された手挟みの彫刻
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右脇障子の彫刻「竹林七賢人」
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左脇障子の彫刻「竹林七賢人」
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拝殿外欄間の彫刻は、彫刻に使用された板が厚いもので、彫刻に深みがあり、見事。
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本殿
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幣殿から本殿にわたる外部の装飾が素晴らしい。
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本殿後方の天狗社。
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本殿の横に石があるが、礎石だろうか?
どうも、磐座ではないかと思われる。
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本殿屋根の横の装飾も素晴らしい。
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神餞所玄関の装飾
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御祭神は、日本武尊(倭建命)
配祀神は、菅原道眞公 権大納言長親卿、豊受大神(あるいは 丹生都姫命)

古くは波己曾明神と称し、『三代実録』の貞観元年(859)三月二十六日に、「授上野國正六位上波己曾神從五位下」とあり『上野国神階帳』に「従二位 波己曾大明神」とある古社。

妙義山の中の白雲山周辺の地は「七波己曾」と呼ばれ、山麓に波己曾神社が分布して、丹生都姫命を祀っていたらしい。本来、当社も波己曾神を主祭神としていたが、いつの頃か、別に妙義大権現が成立して、本社となり、波己曾神は境内社に遷された状態になったようだ。

ということは、当社の元の主祭神、地主神は丹生都姫命であり、『平成祭データ』などには祭神の中に名が記されているのだが、境内の由緒では、豊受大神となっている。

また、妙義山の中の金洞山には、倭建命を祀る中之嶽神社が鎮座。さらに、妙義山の中の金鶏山には、菅原道眞を祀る菅原神社が鎮座しており、当社は、これら妙義山の三山(白雲山・金洞山・金鶏山)の神々を合わせ祀った状態になっている。


北門から「女坂」を下りながら、境内社に参拝。
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北門を出た左手に、磐座があり、中に祠が祀られている。
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ここから、境内社が点在している。
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水神社
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愛宕社
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そこから少し下ったところに磐座があり、石祠が祀られているが、祭神は不明。
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そこから女坂を下って、正面石段(男坂)と合流して、参拝は終了。
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世界遺産・富岡製糸場、城下町小幡、そして妙義神社と回って来た、歴史クラブの定例見学会も無事に終了し、満足して帰途につきました。


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コメント

No title

四季歩さんのブログで紹介してもらえる神社は幸せですね。とても丁寧に説明してもらえますから。

去年の秋、紅葉を見ようと妙義山に登りました。妙義神社から上にあがっていくコースでした。険しい登りを2時間以上続けても目的の紅葉の見所に着きません。昔、夫と行った時は簡単だったはずなのに。

結局 きつい登りに耐えられず、かといって元の道を引き返すのも無理、このまま日暮れて遭難?ととても怖い思いをしました。
幸いにもベテランのひとが下山してきて、楽な下山道を案内してくれてやっと帰ってこれました。

後で調べたら夫と行った時と登り口が違っていたのです。
妙義神社から登って行くのは相当難しいコースだったんです。
あの日ゆっくり見る時間がなかった妙義神社を、丁寧に見せてくださってありがとうございました。

No title

四季歩さん、こんにちは

ここ、大昔、行ったことがありますが、どのような所かの記憶は全くと言って良いほどないので、写真を観せていただき、なるほど、こう言う場所だったのかと思いました。それにしても、雨は残念でしたね。

あ、その時は、石門巡りが目的で、第1石門、蟹の横ばい、第2石門、つるべ下がり、第4石門とまわったのですが、つるべ下がり、すなわち、鎖にぶら下がりながら10mほど下降する場所ですが、ここで、小学生?の団体が怖がって下れなかったので、ひどい待ち時間になってしまったことを覚えています。

コメントありがとうございます

Jさん
それにしても、よかったですね。
ベテランの方と遭遇して。
ただ、山の中では、どこかしらに助け合いの
気持ちがあるので、困った時にはお互い様
ですよね。
普通レベルの探索コースは、駐車場が妙義神社とは
違う場所にありますね。
私も、今年の秋に一日探索しようと思っています。

matsumoさん
石門めぐりですか。
いいですよね。
私も、今年の秋に行こうと思っています。
私は、小学5年のときに遠足で来て以来です。
鎖場もおぼろげながら、覚えています。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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