久延毘古(くえびこ)/日本の神々

20170524

土俗の神(縄文の神)に鬼、恵比須、天狗、河童、案山子がある。
その案山子の中で、珍しく『古事記』に登場しているのが「久延毘古」という神である。

『古事記』の「大国主神」の巻、「少名毘古那神と御諸山の神」の段。
(現代語訳)
 さて大国主神が出雲の美保の岬におられる時、波頭の上からカガイモの実の船に乗って、蛾の皮を丸剥ぎに剥いで衣服に着て、近づいて来る神があった。そこでその名をお尋ねになったけれども、答えなかった。またお供に従っている神々にお尋ねになったけれども、みな「知りません」と申した。
そのとき蝦蟇が申すには、「これはクエピコがきっと知っているでしょう」と申したので、すぐさまクエピコを呼んでお尋ねになると、「この神はカムムスヒノ神の御子のスクナビコナノ神ですよ」とお答え申しあげた。
そこで大国主神が、カムムスヒの御祖神にこのことを申し上げなさったところ、答えて仰せられるには、「これは本当に私の子です。子どもの中で、私の手の指の問から漏れこぼれた子です。そしておまえは、アシハラシコヲノ命と兄弟となって、その国を作り固めなさい」と仰せられた。こうしてそれから、オホナムヂとスクナビコナの二柱の神が共々に協力して、この国を作り固められた。そして後には、そのスクナビコナノ神は、海原のかなたの常世国にお渡りになった。
さてそのスクナビコナノ神であることを顕わし申しあげたいわゆるクエピコは、今では山田のソホドという案山子である。この神は足は歩けないけれども、ことごとく天下のことを知っている神である。
 そこで大国主神が心配して仰せられるには、「わたしは一人で、どうしてこの国を作り固めることができようか。どの神がわたしと協力して、この国を共に作るのだろうか」と仰せられた。このとき、海上を照らして近寄って来る神があった。その神が仰せられるには、「丁重にわたしの御魂を祭ったならば、わたしはあなたに協力して、共に国作りを完成させよう。もしそうしなかったら、国作りはできないであろう」と仰せられた。そこで大国主神が、「そ
れでは御魂をお祭り申しあげるには、どのように致したらよいのですか」と申されると、「わたしの御魂を、大和の青々ととり囲んでいる山々の、その東の山の上に静み清めて祭りなさい」と答えて仰せられた。これが御諸山の上に鎮座しておられる神である。


久延毘古はかかしを神格化したものであり、田の神、農業の神、土地の神である。案山子の姿は、概ね蓑と笠を着けて弓矢を持ち、一本足で立つ。
案山子はその形から神の依代とされ、これが山の神の信仰と結びつき、収獲祭や小正月に「かかし上げ」の祭をする地方もある。また、かかしは田の中に立って一日中世の中を見ていることから、天下のことは何でも知っているとされるようになった。

神名の「クエビコ」は「崩え彦」、体が崩れた男の意で、雨風にさらされて朽ち果てたかかしを表現したものである。また、「杖彦」が転じたものとも取れ、イザナギが黄泉から帰ってきた後の禊で杖を投げ出した時に生まれた船戸神(ふなとのかみ、岐神、道祖神)との関連も考えられる。

田の神、また、学業・知恵の神として信仰されており、久氐比古神社(石川県鹿島郡中能登町)や大神神社(奈良県桜井市)末社・久延彦神社などで祀られている。



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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

案山子って、結構、TVドラマに出てきますね。確か、「地図を読む女」だったかでは、案山子に防犯カメラが付けられていて、それから犯人が割り出せましたし、「メンタリスト」でも「案山子が全てを見ている」なんて言う台詞がありました。やはり、案山子は神秘的な存在なんだと思います。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私の住んでいる市の、近くの地区で、
毎年秋に「かかしコンテスト」をやつています。
けっこう良いものもありますね。
今年は、それを記事にしようかな。
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四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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