纏向出雲屋敷跡と山の辺の道(纏向~穴師兵主神社)

20170602

青春18キップ二日目の3月23日、午前中は大神神社から桧原神社までの範囲を歩き、JR三輪駅から隣の纏向駅に移動、午後はここから穴師兵主神社まで行ってきて、最後に箸墓古墳に行く、というのが予定のコースです。

JR纏向駅から穴師兵主神社まで歩こうと予定していた道は、歩いて見たら「山の辺の道」でした。
結局、この道沿いには、「草川出雲屋敷跡地」、「垂仁天皇纏向珠城宮跡」、「珠城山古墳群」、「景行天皇纏向・日代宮跡」、「相撲神社」、「穴師兵主神社」がありました。

駅から最初に目指したのは、駅のちかくにあるという穴師兵主神社の一の鳥居。
この辺が出雲屋敷跡だそうです。

この情報は岡本雅亨氏の『出雲を源郷とする人たち』から得た。
『出雲を源郷とする人たち』に掲載の図
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栄長増文氏の『大和出雲の新発見』では、出雲屋敷と呼ばれる地が、纏向山の宮古谷、兵主神社一の鳥居近くの草川、神武天皇聖蹟碑建立地あたりの茅原の三カ所が挙げられている。

【草川出雲屋敷跡地】

穴師兵主神社の一の鳥居に向かって歩いていくと、なんと「出雲」という表札を発見(嬉)
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出雲一族は野見宿禰の末裔で、出雲村の宿禰塚を祖廟として敬い、中世は出雲庄の地侍をしていたという。永禄二 (一五五九)年、松永久秀の大和侵攻に抗し、筒井順慶に従って戦い敗れ、家を焼かれ、古記録も失った。久秀の統治下で迫害を受け、十市氏が築いた龍王山城に身を寄せたり、纏向川上流の宮古谷に潜んだりした。天正五(一五七七)年、織田信長の後ろ盾を得た順慶が松永家を攻め滅ぼした後、故地に戻ったが、順慶が当地を離れる中、かつての功労も報われず帰農したという。

穴師兵主神社の一の鳥居
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この一の鳥居から穴師兵主神社まで、1.6Kmあります。
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至って普通の農村風景ですが、出雲屋敷跡かと眺めれば、それはまた感慨もあります。
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ここからも、当然三輪山がよく見える。
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しばらく歩いていくと、「垂仁天皇纏向珠城宮跡」という碑があり。

【垂仁天皇纏向珠城宮跡】
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ここから、天理からの山の辺と道と合流、穴師兵主神社までの道は「山の辺の道」
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この辺は、至って普通の道。
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【珠城山古墳群】
三基の前方後円墳があるという。
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2・3号墳の上り口。
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道から上がっていくと、上りきった向うに平坦な広がりが。
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方墳の上に居ることがわかった。
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埴輪列があった場所
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円墳部分
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道に降りて、ちょっと行くと池があり、小休止。
三輪山がきれいだ。
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また少し行くと、珠城山古墳の1・2号墳に上がれるようになっていた。
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上がっていくと説明板があり、1号墳と2号墳の間に居ることが分かった。
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1号墳の方墳の上に上がれるようになっている。
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上に上がると、石室らしきものの上に社が祀ってある。
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こちらは、2号墳の円墳。
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道に戻ると、「纏向珠城宮」の説明あり。
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道には、所々「山の辺の道」の表示があり、安心して歩いていられる。
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山道らしくなってきた。
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相撲神社まで200mとなった。
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【景行天皇纏向・日代宮跡】
道の右手に碑があり。
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道の左前方に説明板と展望台あり。
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景行天皇になった気分で、「大和は国のまほろば」と纏向方面を眺めてみる。
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そこから数十mで、相撲神社が見えた。
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相撲神社と穴師兵主神社は、別記事とします。


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コメント

No title

四季歩さん、こんにちは

珠城山古墳群、今まで2回、行ったことがあります。1回目は桜井駅から北に向かって山辺の道を歩いている時に道を間違えて巻向駅に着いてしまった時、2回目は天理駅から南に向かって進んで、前回、間違えた所まで進んで、巻向駅まで行った時です。

勿論、2回共、上まで登りましたが、石室があったことが印象的でした。

matsumoさん

コメントありがとうございます。
私は、穴師坐兵主神社に向かって歩いたときに、
あったので寄った、という程度で予備知識
なしでした。
「さきたま古墳群」みたいに、古墳がわかりやすい
状況で並んでいるのと違い、田舎の風景の中に
融け込んでいて、古墳だという感じが
分かりにくかったですね。
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プロフィール

四季歩

Author:四季歩
とにかく歴史好きです。そして旅も好き。
写真が趣味なので、いきおい記事は写真が中心になります。

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